ラーメン行軍
ドレーヌ公爵は試作したラーメンを喰った。
食った、喰らったどころではない。まさしく貪り喰ったのだ。
毎日のように違うラーメンを試作し、毎日のように貪り喰った。
食って食って、時には文句を言って時には褒めて。
…そしていつの間にやら作る側になった。
ドレーヌ公爵は毎日アッサムに習いながら試作を繰り返した。
店で出すラーメンとはまた別にダシに使う骨や水産物、味噌や醤油などの味のベース、かえしの濃度に麺の種類、トッピングの種類と何通りもの組み合わせを試した。
「うぬぬ…これだけやってもまだラーメン道の真髄は見えぬ。やはり我が領に帰った後には儂は引退してラーメン屋を開こう」
「何を一人ブツブツ言ってんだ。もう今から出陣だぞ!」
「公爵様は凝り性ですから…」
ラーメンなんて極められるわけないだろうが!
世界中に一体何軒のラーメン屋があると思ってんだ!…と言いたいけどそこは我慢。
ドレーヌに鎧を着つけながらフォローしているのは彼の副将だったガキンと言う男だ。
ドレーヌの配下で一緒に捕虜になった近衛部隊の者たちも毎日ラーメンを喰って感想を聞かれた。
ガキンを含め、捕虜になった彼らは普通に農場や牧場で働いている。
そして昼食や夕飯の時間になると帰ってくる。
そこをドレーヌが捕まえてラーメンを食わせる。
配下の者たちにしてみれば今迄屋敷にいたから無事かどうかわからなかったドレーヌが、元気にラーメンを作っている姿を見て、ある意味平常運転で安心したという所はあるらしい。
ドレーヌの方からしてみても捕虜のみんなが元気そうな事が分かって良かったと言っていた。
そんなこんなでラーメン屋の仕事を始めてから2か月。
ドレーヌ公爵領は混沌の極みにあるとのことなのでウチと魔王城とドレーヌ公爵本人を含む捕虜たちの部隊で公爵領を取り戻すための戦いに出ることになったのだ。
最近内政もダンジョンも全然だな。
こんなことじゃあアシュレイを生き返らせるのはまだまだ先になっちゃうぞ…。
領内の人口は順調に増えていると言いたいが、ここの所のきな臭い空気のせいで流民の流入は止まってしまった。
流民たちは隣の領内まで来てその辺で定着してしまうらしい。もったいない。
ウチに来ればウチの領地の生産力は向上するし、消費力も向上する。
消費力の向上はマスコミなどではあまり取り上げられないが実は非常に重要な要素だ。
高度経済成長期、いわゆるバブル期以前の日本には無いモノが沢山有った。
エアコンはおろか車もテレビも冷蔵庫も洗濯機もない。
あるいはそのどれかが無い家が実に多かったようだ。
そしてそれらを手に入れるためにガムシャラに働き、金をためて買う。
企業は買い手がいるので安心してたくさん作る。
作って売って儲けたお金でさらに新製品や改良品を作る。
買い手は新製品をどんどん買う。
こうして経済は回っていく…ってのが理想なんだけど。
何処をどう間違えたのやら。
やっぱりもう新製品に魅力が無いんだよな。
携帯だってスマホすげー!って思ったけど、スマホに慣れてしまうと後はカメラの画質が良くなったとか、早くなったくらいで根本的には大して変わんないから具合が悪くなったら買い替えるくらいだ。
車だってそもそも乗る人が減ってるし景気悪いから高級車はあんまり売れてないし売れないからコスト高いスポーツカーやダーツで当たりそうなアレなんてドンドン生産が減っている。
まあやっぱり少子化からの消費力の減衰が大きな原因なんじゃないか。
ってまあそれはいい。
公爵サマはラーメン道を極めるという事で。
オッサンは今もまあまあいい年だが、魔族の寿命は長い。
あと300年も有れば究極のラーメンの一つや二つ…できねえかもな。
組み合わせも多すぎだし、これが一番いい!とか言い出すと喧嘩にしかならんだろ。
「チャーシューは豚が一番なのだろうか?鳥や牛も…」
「ステーキラーメンとか鳥チャーシューはあるな。トンカツラーメンも食ったことある。あー、ニシン蕎麦や天蕎麦みたいに魚介類をトッピングするのだって悪くないと思うけど。ああ、アサリラーメンなんてのもあるなあ。」
「なんと魚介類まで…ワニやヘビはどうだ?」
「悪くはないと思うがなあ。でもまあ店のメニューにするなら、食材を安定して入荷できるかって所もポイントになるだろうな」
「なるほどな。うーむ、奥が深い」
行軍の最中は専らラーメンの話だ。
知ってるか?ラーメンの話をしてると口がラーメンになってめっちゃラーメン喰いたくなるから昼飯も晩飯もラーメンになるんだぜ?(混乱
でも隣のオッサンが調理全部やってくれるから俺はチョー楽ちん。
このオッサンめっちゃ性能の良いマジックバッグもってるおかげで、湯気の出てる寸胴鍋がそのままポーンと出てくるし。
行軍の最中に捕まえた獲物を捌いてダシを取りながらの旅だ。
ダシはもちろんオッサンが徹夜で鍋を監視しながらとる。
獲物の骨から出しを獲るわけだが、弱火の時間がどうとか、中火の時間をがどうとか。
色々こだわりがあってたまに鍋を混ぜてやろうとすると怒られる。
だから手を出さない。
そんなわけで行軍5日目もラーメンだった。
もうすぐ魔王城に着くって所だ。
公爵軍の近衛兵のみんなも毎日ラーメンに慣れてきて、最近はウチの兵たちもご相伴にあずかっている。
「まあ俺はもう寝るから。オッサンも徹夜はほどほどにしろよ」
「おう!明日も期待しとけよ!」
だめだ。全く話を聞かない。
オッサンは今日も徹夜で鍋を見る気マンマンだ。
周りのオッサン配下の近衛兵たちに聞いてみても実家でもあんな感じで何かに目覚めると周りが全く見えなくなるタイプだったらしい。
ああ、オッサンの弟はそれが嫌で反乱起こしたのかも知れんな。
なぜ急にラーメンの話になったのか不明です。
そもそもこのドレーヌ公爵はあっさり戦死させるか、捕まえて処刑する展開になるはずだったのに何故か生き残って黒幕がって話に。
惨い展開の名残として辛うじて爪を剥ぐところが残っていますが何でこうなったかは私にも不明。
寝不足が悪かったんじゃないかなと…