遺言
アーク歴1500年 壱の月
大魔王城
大魔王様のお葬式は何というかふつーだった。
と言っても仏前でお焼香をするわけではない。
棺を事前に大魔王様が作っていた、こじんまりとしたお墓に入れたら終わりだ。
何やら前大戦時の大魔王様の仲間がいるお墓の隣らしい。
古い物では1000年以上も経過したお隣のお墓は大魔王様のかつての恋人の物だったのかもしれない。
まあ今となっては分からんし本人に聞いてもそうだとは言わないだろうけども。
問題はその後のお食事会の席で起こった。
お葬式の後はみんなで集まって飯か。
何とも日本の法事のような風景だがまあそこら辺は良い。
俺の隣にはマリラエール師匠とお隣の同盟国、ユグドラシル王国の国王であるエルケラルス・ラ・ユグドラシル、まあ俺の母方の爺ちゃんが座っている。
席次は割と適当で上位の者たちだけ集めて車座になっている。
明らかに上座下座を作ると揉めるからな…
爺ちゃんにお酒を注いで、師匠が凹んでるから慰めて。
アシュレイのお母さんで俺の伯母さんであるアークトゥルス王妃やお隣の領主たち、それと二人の魔王にアイサツ回りをして…まあいわゆる日本の飲み会で培った技術、と言うか半ばイヤイヤ覚えさせられた立ち回りを半ば習慣でしていた。
そうしたらドレーヌ公爵だか侯爵だかが、次代の大魔王様をどうするかとか言い始めて。
そうしたら一応遺言があると宰相のなんちゃらさんが出てきて、次の大魔王はそのドレーヌ公爵?だと。
ふーん?そんなん初めて聞いたぞ?って俺が呑気に思ってると、師匠がおもむろに立ち上がり大きな声で発言した。
「何を言うか!大魔王様の遺言を捏造するとは実にけしからん!!カイト・リヒタールが正式な跡継ぎ候補だぞ。私も嫁入りするようにと指令を受けている。皆も見よ!これがその証拠だ」
突然の事にブフッと吐き出す俺。
察していたのかニヤニヤする爺さん。
そのまま師匠は一通の書状を懐から取り出した。
そして朗々と読み上げる。
『これは死期を悟ったこの私、大魔王アークが直系であるマリラエールに託すものである。広く百官の集まる場にて公表すること』
と始まったその文の内容はこうだ。
大魔王の余命はあとわずかであること。
自身が死ぬと神との『盟約』が失効し、再び世は乱世に戻る事。
その際に後継者を巡って争いが起こる可能性が高いと思われる事。
放置しておいて強い者が勝つというのも一興であるが、魔族の間で揉めると人族に有利になるだけだから後継者を指名する。
それはリヒタール領に続き、ヴェルケーロ領を急速に発展させたカイト・リヒタールにする。
傍系だが血筋的にも問題は無いし、ユグドラシル王国との関係性も重要だ。
そして念のためにマリラエールを嫁がせる事。
ただし、双方の同意のもとに第二夫人もしくは側室とする事。
「分かったか!回すゆえしかと見よ!」
見せてもらったが確かに今言ったのと同じ内容だ。
俺もビックリだわ。
途中から顔を真っ赤にして『だ、第二夫人もしくは、そ、側室…』とドモりながらよみあげた師匠は、これが正式な遺言状であるが、朝議の場が開かれるまで黙っているつもりでいた。
だがドレーヌとグラニエ宰相の専横は許されぬとここで発表したと言った。
直筆の書は見るものが見れば大魔王様の物であり、そのサインに残された魔力紋も間違えようのないモノだった。
そりゃもう、それからは宴会の場から一気に怒号が鳴り響く場になってしまった。
そしてドレーヌ公爵とグラニエ宰相の一派は遺言はそれこそ捏造だと言い張ってその場から抜け出し、そして次々と有力貴族たちも納得できぬと消え去った。
残っているのは俺と、俺と商売をして繋がりのある貴族と、それと爺さんと伯母ちゃん。
それと楽しそうな二人の魔王に官僚たちだ。
「いやあ、大変なことになったな」
「全くだ。面白い」
「魔界全土を挙げた祭りが始まるな」
ニヤニヤしながら爺さんが言う。
それに乗っかるのはベラトリクス魔王とガクルックス魔王。
三人とも楽しそうに酒を酌み交わす。
如何にも魔族、魔界のエリート然としたベラトリクス魔王と、対照的に全身ごつごつの岩でできたような体のガクルックス魔王。
共通するのは酒に酔った感じではなく、純粋に楽しそうに見えるところだ。
「カイトちゃんはこれからどうするの?」
伯母ちゃんは心配そう。
だってまあ、なんというか。
「まあしょうがないです。魔族なんて脳筋のアホばっかりなんだからドレーヌみたいなちゃんと細工も出来ずにいきなり『俺が大魔王だ!』なんて言い出すアホもいるかもと思ってました。まあ、わかりやすくていいじゃないですか。」
「脳筋のアホ…ごほんっ。えーっと、解りやすいって…どういう意味かしら?」
「そりゃ。従わない奴は力で押さえつける。これこそが正しい魔族でしょ?」
「まあ。」
「協力してくれる方には勿論きちんと便宜を図ります。んで一回殴られないと分かんないアホは殴り飛ばします。」
殴って言う事聞かないならそりゃもう殺すしかないかもしれん。
特にドレーヌと宰相はダメだ。
本来ならこの時期に争ってる場合じゃないんだけど…まあしょうがないね。
「ここに残ってる方々に告げます。俺と同盟を組むでも傘下に入るでも構いません。領地に戻って隠居するも良し、勿論一戦するも良しですね。大魔王様を尊敬していたなら別の上司にイヤイヤ仕えるのも嫌でしょう。これからこの魔界と、そして人間界をも巻き込んだ戦乱の時代になります。悔いのない選択をしてください。もちろん、ヴェルケーロに来てくれるなら歓迎しますよ。では失礼。」
俺はそう言うと一礼してその場を後にした。
伯母ちゃんはアークトゥルス魔王領に戻って戦に備えること、とりあえずは同盟関係を結びたいと。
爺さんは困ったらいつでもこっちに来いと俺と伯母ちゃんに言って去っていった。
「さあ、楽しい戦争の時間が始まるな」
「何が楽しいのですか。戦争など碌なモノじゃないですよ」
「口ではそう言いながら足取りが軽いマークスなのであった。」
「バレましたかな。ワハハ」
俺たちは大魔王城を後にしたが、師匠は官僚たちとここに残ると。
大魔王城にはなにやら魔族の土地を改良したり、魔界のモンスターを弱体化させるような結界を張る機能があるらしく、その機能をすべて失うわけにもいかないのだと。
それに、いくら大魔王様の遺言があるとしても。
今の段階で大魔王領全てが全面的に俺の傘下に入るわけにもいかないんだと。まあしょうがない。
大魔王城の機能を使ってモンスターを弱体化しているのでそれを停止させると大惨事が起こって人間界との戦争どころじゃなくなると…。
だから早くここまで支配領域を広げて来いってよ。
早くって言われてもな。どうなんだろ。
ヴェルケーロから大魔王領に行くときに通ってるところは大魔王直轄領だが、当たり前の事だけどそこにもいちいち代官はいる。代官と言っても爵位を持つ貴族であり、つまりは今の俺とほぼ同じような立ち位置なのだ。
そいつらが素直に俺の言う事聞くか?いーや、聞かないね!
俺なら絶対こんなクソガキの言う事素直に聞いてやんねーもんな!
というわけでめでたく魔族領は一足早めの戦国時代になりました。
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