一章 伝説の格ゲー『アーバンチャンピオン』
夜。
廃れたスラム街、朽ち果てた看板の消えかけたネオン。
行き交う人々は、皆虚ろな目をしている。
治安は相当、悪そうだ。
俺は拳を固めて、この街を颯爽と歩く。
ちったあ、名の知れた俺は、この街のならず者。
肩をいからせて歩く俺に、誰もが道を譲る。
そう俺はこの街のKING。
誰もが言う。
「ユーキングオヴキングス」
と。
「ふっ」
俺は自嘲気味に笑った。
すると、突然、辺りが明るくなった
無数の投光器に俺は照らしださせる。
サーチライトの光に伸びる影。
そして、足元には・・・。
「マンホールっ!」
思わず叫んだ。
その足元には地の獄まで続く、蓋の空いたマンホール。
視線を前方に移すと、
(いた!ヤツだ!)
隣町のKINGと呼ばれる男、ジャック。
そうだヤツと俺は今日ここで決着をつけるのだ。
俺はヤツと対峙する為、歩いた。
ヤツもこっちへ向かって來る。
一触即発だ。
まず、俺はガードを固めた。
ジャックの奴は真っすぐに来ると、俺のどてっ腹に、Bボタンの強パンチをかます。
俺はガードで止める。
それから俺はAボタンのジャブでラッシュ。
顔、腹へと次々パンチを放つ。
キックなんてものは邪道だ。
俺もヤツも使わない。
てか、そんなの無い。
ジャックはのけ反りながら後退する。
「今だ!」
俺はヤツの顔面めがけ、必殺のBボタンパンチを打つ。
炸裂!
もんどりを打って転げるジャック、圧倒的勝利を確信する俺。
再びのAボタンラッシュ、上へ下へと打ち分ける。
とうとうヤツの片足が、マンホールの先へ着いた。
慌てて前に出るジャック。
俺はそれを許さない。
最後の必殺パンチをヤツにお見舞いしようとした瞬間、俺の頭部に衝撃が走った。
殴り合いの騒音に、業を煮やしたマンションの住人が階上から植木鉢を落としたのだ。
一瞬で形勢は逆転した。
その場で失神してしまう俺。
それを見逃さないジャック。
脳天からほとばしる血飛沫と浮かぶは満点の星々。
ジャックからの痛恨Bパンチが俺の腹にめり込んだ。
すっ飛ぶ俺。
フラフラだが、必死に立ち上がる俺。
ジャックのAボタンジャブによる猛ラッシュ。
徐々に追い詰められる。
今度は俺がマンホールに徳俵だ。
オージザース。
ヤツは俺が決めたかった勝利のBボタンパンチを叩きこんだ。
拳が顔面にめり込む。
真っ逆さまに暗闇の中に消える俺。
敗北。
だが、まだ、まだ、まだだ。
こんな所では終われねぇ。
俺は這い上がり立ち上がった。
2ラウンド開始のゴングがなった。
俺は猛然とジャックに立ち向かい、ノーガードの打ち合いを試みた。
ヤツも誘いにのってきて、激しい殴り合いとなった。
互いの拳が肉を砕き、骨が砕かれ軋んでも、不思議と痛みはない。
何故だ。
所詮、ゲームだからか。
・・・・・・否っ!
「うおおおっ!」
雄叫びをあげながら打ち合う。
俺たちの今は現実そのものだ。
この猛り、怒り、命の鼓動。
我が身が砕けようとも譲れないものがそこにはある。
幾分。実力差では俺に分があるようだ。
それが証拠に、ヤツはじりじりと後退をはじめた。
この機を逃してはならない。
俺は全身全霊を両拳に集め、殴る、殴る。
蹴り?そんな邪道な技は、この世界には1ミクロンも存在しない。
あるのはAボタンジャブと、Bボタンの必殺パンチ、後、時々のガードのみだ。
ジャックは次第に追い込まれていく。
俺の勝利は目前だ。
後は・・・。
俺は頭上を見上げた。
今まさに植木鉢を落とそうとする輩がいた。
「ファックユー!」
俺は叫んだ。
「キルユー!」
相手もさる者、俺に構わず植木鉢を落とす。
それは、寸前で俺の頬をかすめる。
ふっ、俺という聖闘士に同じ技の二度目は通用しない。
勝機!
ジャックの顔にファイナルBボタンパンチ。
ぐしゃりとヤツの顔が潰れる音がした。
クリーンヒットの一撃、必殺技でもあったら叫びたいが、そんなのはない。
今度はヤツがマンホールという奈落の底へ沈んだ。
そうだ戦いは終わったのだ。
俺は、くるりと背を向けて修羅場を後にしようとする。
だが・・・地の底から唸り声があがった。
「まてい。まだだ、まだ、終わっちゃいねぇ」
ジャックは瀕死の状態から立ち上がり、俺の前に蘇った。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
睨み合う。
「へへ、上等だ」
ついに最終戦のゴングが鳴らされた。
お互いの生死をかけた殴り合い。
一歩も譲る訳にはいかない。
互いに足場を固め、一歩も動かない。
どれぐらいの殴り合いを続けたのだろうか。
俺は、つい勝負を焦ってしまった。
先にBボタンパンチをしかけたのだ。
その時、ジャックのへなちょこジャブが俺の顔にあたり、思わず一歩引いてしまった。
刹那。
けたたましいサイレンの音、何事かと思ったら、おそらく通報を受けたパトカーが駆けつけ、ポリスメンが俺だけ、拘束し連行しやがった。
時間切れ、タイムオーバーってやつか。
許さねぇジャック!許さねぇ、ポリスメン!許さねぇ、腐ったミカンと世の中。
「くそっ!」
俺は叫んだ。
エレベーターの薄暗く、密閉された空間。
男もいる。
今のは何だったのか。
彼はぶつぶつと独り言を喋り続けていた。




