第9話 小さな贈り物
「お母さーん、ライ兄ちゃん来たよー」
俺は街に下りていつもの場所に来ていた。いつもと違うのはその目的だ。
今日はガキどもと遊びに来たわけではなく、主婦の皆さんのお手伝いをしに来た。
「まぁ、ライ! いらっしゃい」
「こんにちは、今日はお手伝いをしに来ました」
「ありがとう! なら早速任せようかしら」
これだけたくさんのガキがいるということは、この周りにはたくさんお母さんがいる。
今からやるのはそのお母様方の夕飯の支度のお手伝いだ。具体的に言うと野菜を切ったり肉を捌いたりだ。
「……ねえねえ、ライ兄猫被ってる」
「……お母さんの前だからってね」
「……そんなんで誤魔化せるわけないのにね」
ガキどもがコソコソと何やら話しているが無視する。こんなの序の口だ。全力で王子やってる時の俺はもっと別人だからな。
「ライ、これ頼むわね!」
「これもよろしく!」
そう言ってお母様方は俺の前に野菜をポンポンと置いていく。
「それ全部終わったらこれもお願い。お隣さんみんなで分けるのよ」
にっこり笑いながら両手にぶら下げているのはウサギの死体。Oh……。
「わかりました。やっておきますね」
しかし顔には出さない。王子モードで鍛えたスマイルを使って乗り切った。
ガキどもは肉があることにはしゃいでいる。上流階級じゃ肉料理なんて当たり前だが、平民にとってはごちそうだ。
でも死体ではしゃぐってちょっと……いやなんでもない。
「ライにい、お手伝い、するー」
「まだ危ないからやめとこうな」
「オレならいーい!?」
「おう、手伝え手伝え」
包丁を使ってるから小さい子はまだ危ない。だが小学校入学ぐらいの年の子なら大丈夫だろう。
俺は包丁を使わなくてもいい玉ねぎをガキどもに配る。
「これ剥いとけ」
「オレもそっちがいい!」
「お前らにはまだ早い」
こうして定期的に手伝っているせいで俺は皮むきがやたらと速くなってしまった。ガキどもが玉ねぎを剥き終わる前に終わるだろう。
「ライ兄お母さんよりはやい」
「お母さんが怖いならそれを口に出すのはやめた方がいいぞー」
まぁ、ここにいるガキどものお母さんはみんな若いからな。二十歳になったばかりというお母さんがほとんど。日本だったらまだ大学生だ。
俺は野菜の皮をくるくると剥いて野菜の山を崩していく。俺の足元に散らばる皮をチビ共が拾って遊び道具にしてるけど気にしない。
知ってるかガキ共。この国の王子の特技って野菜の皮むきなんだぜ?
「おわった!」
「俺も終わったぞ」
野菜を全て剥き終えたところで次は肉の解体に移る。
「ウサギ捌くの手伝ってくれるか?」
「うん!」
血抜きの済んでいるウサギを吊るす。初めて見た時は正直グロいと思ったが、何度もやっていれば慣れる。
内臓を出し、皮を剥ぐ。乙女ゲームで何をやってるんだ俺は、と思わなくもない。
俺の仕事は枝肉にするまで。精肉にするのはそれぞれの家でだ。
俺は一羽捌き終わるともう一羽を吊るし、一羽目と同じように捌いていく。全て終わってから、ガキどもに言った。
「これ出来たってお母さんたちに伝えて来い」
「わかった~」
「いってくる!」
俺はこの血塗れになった手を洗いたい。ご令嬢が見たら卒倒するだろうな。
「早かったわねぇ、ありがとう」
「いえいえ」
「お礼にこれ貰ってって」
「や、俺は大丈夫です」
「遠慮しなくていいのよ」
お母様方はウサギの肉を一塊、俺に差し出した。だが困る。これは流石に王宮に持ち帰れない。
「本当に大丈夫ですよ。俺じゃなくて育ち盛りの子供たちに食べさせてあげてください」
最終兵器王子スマイル。
「そ、そうね」
「ライがそう言うなら……」
この顔面は最強だ。今まで以上にキラキラとした笑顔を向ければお母様方は頬を染めながら納得してくれた。
「……お父さんに言いつけちゃおうよ」
「……ライ兄ぜったい調子のってるよね」
それは絶対やめて俺が殺される。後で菓子配って買収しよう。
「じゃあ俺は少し子供たちと遊んでから帰りますね」
「いつもありがとう」
「俺が好きで遊んでるだけなので気にしないでください」
俺はそう言ってからお母様方と離れ、また決死の鬼ごっこを始めたのだった。
あ、買収は成功したので。
*
「シオドア、明日はウサギが食べたいって伝えておいてくれるかい?」
「ウサギですか? 珍しいですね」
あの後夕飯の支度が終わるまで、俺はガキどもと遊んでいた。帰る直前、周りの家からとてもいい匂いがしたのだ。
そして、なんとなくウサギが食べたくなったためシオドアにそう言った。
この世界でも食卓に並ぶ肉はジビエより家畜が多いとはいえ、前世よりはジビエ率が高い。
王族の食べるものはきちんと処理されているから臭みも少ない。普通に美味しい。
「料理長にお伝えしておきますね」
「うん、よろしく」
俺は笑顔でそう言いながら、さっき貰ったペンダントを机にしまう。木で彫った飾りに紐を通しただけの、王族が着けるにしては物足りない品だ。
ガキどもの一人に、お父さんが細工職人の奴がいる。その人に教えてもらってみんなで作ったのだそうだ。
「……そういうのって結構嬉しいよな」
「何かおっしゃいましたか?」
「いや、何も」
公式の場で着けることは出来ないけど、学園の制服の下に忍ばせてくぐらいはしてもいいだろう。
王子になってから色々とプレゼントをもらう機会は多かったが、何気に今までで一番嬉しいかもしれない。
今度行くときはいつもの二倍の菓子を買っていこうかな。