第7話 絶対にこの行事はいらないと思う
新入生歓迎パーティから一週間、あれ以来ヒロインとは接触していない。
あのパーティーでイベントが起こった時は割と本気で焦ったが、クリスティーナ嬢の対応が原作と全く違ったので安心した。
しかしあの一瞬でヒロインを懐かせたクリスティーナ嬢は流石だと思う。ヒロインに着せたドレスをどこから引っ張り出してきたのかも気になるが。
あれクリスティーナ嬢じゃ絶対似合わないからクリスティーナ嬢の物ではないだろう。一体誰のなんだろうな。
あの日クリスティーナ嬢がヒロインのことを桜の妖精とか言ったものだから今ではそれが生徒たちに定着している。
原作でも攻略対象がヒロインを桜に例えることはあったが、桜の妖精なんてあだ名は付いていなかった。
ついでにクリスティーナ嬢は桔梗の君とか呼ばれてる。目の色からだろうけど、街で口の端にソース付けてたところを思い出すと気品(笑)って感じだ。
あと気になるのはなぜ桜だの桔梗だの日本っぽい花なのかということ。制作会社はここがファンタジーな西洋風異世界であることを忘れてんのかな。
とりあえず、クリスティーナ嬢とヒロインの関係が良好そうなのはよかった。
しかし公爵令嬢であるクリスティーナ嬢と仲が良いことでのやっかみはこれから増えるだろう。俺とも挨拶をしたからそれに関するものもあるかもしれない。
どちらにせよクリスティーナ嬢がなんとかしてくれるだろうから、丸投げする。
俺は今生徒会室にいる。そこで五月に行われるとある大きな行事についての書類を役員総出で片付けているのだ。
「この行事って必要なのかな? 僕には全く意義が感じられないんだけど」
「伝統ですから」
「そう言ってる時点で君も僕と同じこと思ってるってことだよね?」
面倒くさそうに言うアーネストにステイシーが淡々と答える。アーネスト・グレイスは魔術師団長の子息であり、このゲームの攻略対象だ。
「これは学年を越えて交流するのが目的なんだよ。クラス内や同学年なら交流する機会は多くあるけど、他学年とはあまりないからね」
俺は苦笑しながらそう言ったが、内心アーネストに全力で同意している。
この行事、というのは宿泊での校外学習だ。縦割りの班で行動し、内容はオリエンテーリングや自炊、あとレクリエーションみたいなのもやったりする。
つまりこれは、ヒロインのために作られた行事なのだ。
考えてもみてほしい。生粋の貴族子息子女に自炊が出来ると思うか? 国や領地の地図は把握していても森林のチェックポイントの場所がわかる生徒がどれだけいると思う?
そもそも貴族がそんなことして意味あんの? ってなる。
大半の生徒が同意見だろう。多分ヒロインが卒業したら何年後かには無くなるんじゃないかな。だって意味ないし。
とはいえ、今年はもう開催することが決まっているので、こうして仕事に追われているわけだ。
「校外学習では有事の際に役に立つ技能を身に着けられるんだぞ。アーネスト、お前も魔術師団に入るのなら必要なことだ」
「はいはい、けど僕は君と違って肉体労働には向いてないんだ」
真面目な顔をしてそう言ったのは騎士団長の子息であるロベルト・ヒースコートだ。こいつも攻略対象である。
この二人、というかアーネストが一方的にロベルトのことを苦手としている。
「お喋りするのはこれを片付けてからにいたしましょう?」
クリスティーナ嬢はにっこりと笑ってそう言った。優しげなのだがどこか威圧感のある笑みに全員が口を閉じて書類に向き合った。
「班編成なんだけど、これでいいかな?」
俺はやっと完成した紙を配布する。これが一番面倒だった。
この家とこの家のご子息は一緒にしちゃいけないとか、ここは婚約者同士だから同じ班にするとか。
なんで俺がやんなきゃいけないんだよ! 仕事しろよ教師共!
マジで大変だった。シオドアに手伝ってもらって昨日の夜やっと作り終わり、今最終確認を終えたところだ。
あとは生徒会の面々に確認してもらい問題のある所を直すだけ。
「殿下、何故殿下とクリスティーナ様が同じ班ではないのでしょうか」
ざっと目を通し終えたらしいステイシーがそう言った。
婚約者同士は相当な事情が無い限り同じ班なのが慣例だ。だからステイシーの指摘はもっともなんだけど、これには理由があるのだよ。
「ほら、私もクリスティーナ嬢も自炊やオリエンテーリングが出来るだろう? だから分かれた方がいいのではと思ってね」
昨年の校外学習、俺たちは同じ班だったのだが、クリスティーナ嬢は何故か自炊もオリエンテーリングも簡単にこなしてみせたのだ。
その時はオリエンテーリングはともかく何故炊事まで!? と思ったが、今となってはそう不思議だとも思わない。
「それは分かるけどさー、面倒な噂たったらどうするの?」
「そのために生徒会のメンバーは全員別の班にしてあるんだよ」
爵位や成績で大まかに分けるので生徒会が同じ班になることはよくある。しかし今回は全員別々の班にした。
決して、クリスティーナ嬢と二泊三日とかボロが出そうとか思ったわけではない。
「その方が全体を把握しやすいだろう? 生徒にはその旨をしっかり説明するよ」
「わかりました」
そう言うとステイシーは納得して頷いた。
一安心していると、次はクリスティーナ嬢が声を上げた。
「わたくしとスーリエ男爵令嬢が同じ班となっていますが、大丈夫でしょうか」
スーリエ男爵令嬢、ヒロインは元平民で現男爵の養女。クリスティーナ嬢とは身分が離れすぎている。
本来なら男爵家や平民のいる班に入れるべきなのだろうが、成績面で問題がある。
この学園はA、B、C、Dの四つのクラスがある。成績順で分けられており、Aクラスが一番上だ。
成績には学力、魔術、体術などが含まれる。そしてこれらの成績は財力に比例することが多い。
幼少期にどれだけ優秀な教師をつけてもらえたかってことだ。
下級貴族でも天才肌の奴がAクラスにいることもあるが、それは稀な例だ。
そしてヒロインは魔術に関してはとても優秀で学力も人一倍努力しているからか悪くない。
だからAクラスに所属しており、爵位も成績も釣り合う相手というのがいないのだ。
「成績を考えて、君に任せるのが一番良いと思った。君たちの仲は良好なようだしね」
「なるほど、わかりましたわ」
このまま良好な関係を築いてほしいものだ。恋敵とかぜったいやめてください。
いや王子なのは顔だけだから二人とも俺を好きになるなんてありえないんだろうけども。
自分で言ってて悲しくなってくるなこれ。