第6話 強制参加だった
どうしよう。私は今大変困っている。
「も、申し訳ありません!」
私に頭を下げて謝っているのは、桜色の髪に若葉色の瞳の愛らしい顔立ちをした少女。フィオーラ・スリーエ男爵令嬢、このゲームのヒロインだ。
今は新入生歓迎パーティーの最中。エスコートしてくれた王子と一旦別れ、一人になった直後だ。
ヒロインが転び、たまたま近くにいた私のドレスにヒロインの持っていたジュースが少しかかってしまったのだ。
いや、たまたまではないか。これはゲームのイベントで私には避けようが無かった。
実はヒロインは足を引っかけられたせいで転んだのだ。平民上がりのヒロインをよく思っていない人は多い。
原作では私はここでヒロインをきつく糾弾する。そこで王子が止めに入り、ヒロインを控室へ連れて行くという流れだ。
それを妹に聞いた時何故なのかと不思議に思った。そこは婚約者を優先すべきだろうと。
理由としてはヒロインの方が派手にジュースを被っていたから、らしい。
被害の大きいヒロインを連れて行くのは身分差が無ければ間違っていない。しかし婚約者を差し置いてヒロインを連れていくのは間違っていると言わざるをえない。
だがその場で王子と悪役令嬢は言い合いをしていたらしく、意見が決裂したからというのもあるらしい。
まぁ結局は王子の感情的な問題だったということだ。
さて、私は今そのイベントに強制参加させられているわけだが、原作通りに行動するのは絶対NG。
ヒロインはこの大きな舞台で失敗してしまったこと、そしてジュースをかけた相手が公爵令嬢であったということに顔を真っ青にして震えていた。
原作とか関係なくこの子を糾弾するなんて私には無理だわ。
「ドレスでしたら洗濯すればよいことです。それよりもお怪我はありませんか?」
「ひゃいっ! 大丈夫ですっ!」
ヒロインは緊張でカチコチに固まっている。これは……多分何を言っても緊張を解くことは出来ないやつだ。身近にいるとある侍従に似てる。
「ドレスも汚れてしまいましたし、一度控室に戻りましょうか」
「わ、わかりました!」
私がそう言えば絶対に逆らえない。ヒロインはブンブン首を振って頷いた。
ヒロインを連れて行こうとすると、ようやくヒーロー様が現れた。
「クリスティーナ嬢、大丈夫かい?」
王子が先に心配したのは私の方だった。そりゃそうか。今は別にヒロインをいじめている訳ではないし、どう見たって私が被害者だ。それに王子の性格はアレだし。
「大丈夫ですわ。申し訳ありませんが、お化粧を直してまいりますので少々席を外します」
「わかったよ」
王子はいつものキラキラ笑顔のままそう言った。何も口を挟む気はないらしい。
ていうかお前、面倒だからってなるべく関わらないようにしようとか思ってない? それでいいのか攻略対象。
王子に出張られたら色々面倒になるから、私にとっては都合が良いんだけども。
「ではフィオーラ嬢、行きましょうか」
「はいっ!」
私はヒロインを連れて控室に向かう。右手と右足が同時に出ていることは指摘しないでおこう。しても逆効果だ。
集まる視線を無視しながら、私たちは会場を後にした。
*
私の家の侍女にヒロインを任せ、私の予備のドレスを着せた。私は私で予備のドレスを着ている。
予備のドレスって一体何枚あるんだろう? 私も知らない。
着替えが終わったとのことなので私はニコルと共にヒロインのいる控室に入った。
「クリスティーナ様! ドレスを汚してしまっただけでなく替えのドレスまで貸していただいて、本当に申し訳ありません!」
ヒロインは瞳よりも淡い緑色の鮮やかなドレスを着ていた。先程まで彼女が来ていたドレスよりはずっと綺麗だ。
正直に言って私が着たら微塵も似合わないと思うけどなんで買ったのかな? という疑問はあるが、ヒロインにはこれ以上ないほどに似合っているのでまぁいいだろう。
「謝る必要はありませんよ。それよりもそのドレス、とても似合っています。お顔立ちが可愛らしいですから、髪の色も相まってまるで花の精のようですね」
なるべく緊張させないように柔らかくそう言うと、ヒロインは顔を真っ赤にして固まった。あれ?
「お嬢さま! ここは僕にお任せを!」
珍しくニコルが自分から手をピシッと上げてそう言った。
「え、えぇ、わかったわ」
「ありがとうございます!」
そう言うとニコルはヒロインの方にちょこちょこと寄っていくと、何やらコソコソ話し始めた。
なにを話しているのかは聞こえないが、ヒロインはニコルの言葉にこくこくと頷いている。
少ししてニコルがこちらに戻って来ると、ヒロインの様子が先程よりもキラキラしていた。え?
「クリスティーナ様! ありがとうございます! それと私のことはフィオーラとお呼びください!」
ニコルは一体何を吹き込んだのだろうか。緊張が解けたのはよかったが何かを間違えている気がする。
「ではフィオーラさん、」
「フィオーラで!」
「……フィオーラ、会場へ戻りましょうか」
えー……さっきまでガッチガチだったのに。
若干気圧された私の横で、ニコルは満足げな顔で頷いていた。一体何に満足してるのだろうか。
「はいっ!」
力いっぱい返事したヒロインを連れて、私は会場の方へ戻った。
*
会場中の視線がこちらに集まっている。理由は言うまでもなく私の斜め後ろを歩いているフィオーラだろう。
素材が良いのに既製品の質の良くないドレスを着ていかにも自分で適当にやりましたって感じの雑な化粧でそれを台無しにしていたのだ。
綺麗なドレスを着せて薄く化粧をすれば桜の妖精の出来上がりだ。
少し誇らしい気持ちで歩いていると、王子がこちらにやってきた。
「クリスティーナ嬢、そのドレスもとても似合っているよ」
「ありがとうございます、殿下」
とは言っても私のドレスの色はさっきと同じ紫なのでこの王子が本当に違いに気付いているかは怪しい。
「殿下、ご紹介致します。スーリエ男爵家のフィオーラ嬢です」
本当は王子と接触させない方がいいのだろうが、この状況で紹介しないのも逆に変に思われる。
「お、お初にお目にかかります。フィオーラ・スーリエと申します」
「初めまして、フィオーラ嬢。これからもクリスティーナ嬢と仲良くしてくれると嬉しい」
王子はいつもと同じキラキラしい笑顔でそう言った。いつもと変わらなすぎてフィオーラのことをどう思ってるのか全くわからん。
「もちろんです! 私が一方的にお世話になるばかりかもしれないですけど……」
「わたくしも、フィオーラと仲良くなれたら嬉しいですわ」
「わ、私もです!」
ヒロイン云々を抜きにしても普通にフィオーラとは仲良くなりたいと思った。
けどついでにと言っては何だけど、悪役にしないでくれると嬉しいかなー……なんて。全力で味方するので断頭台への片道切符はお断りします。
これ以上王子と公爵令嬢の間にいさせるのも可哀そうだ。私はフィオーラに声をかけた。
「フィオーラ、新入生なのですからパーティーを楽しんできてください」
「わかりました! ありがとうございます! クリスティーナ様、殿下、失礼します」
そこは殿下を先に言うのが正解だった……。そういうこともこれから教えていこう。
「彼女、桜の妖精のようだと思いませんか?」
「確かに、髪の色も桜色だしね」
王子は私の言うことに同意した。でも一目惚れとかそういうのは無いっぽいかな……?
すると王子は私の手を取ってこう言った。
「でも、私の女神は君だけだよ」
んん? 別人格なのかな? 同じ口から出ている言葉とは思えん……! ここまで来るといっそ尊敬する。
「それは嬉しいですわ、ほほほ」
笑顔がひきつっていないか心配だった。