第4話 呪いは効かなかった
「ごきげんよう、クリスティーナ様!」
「ごきげんよう」
今日は春休みが明けて最初の登校日。スミジアーレ王立学園の入学式の日である。
そしてヒロインが登場する日であり、ゲームの開始日だ。
異世界であるというのに桜の花びらがひらひらと舞っているのは、やはり日本の会社が制作したものだからだろうか。
私は今年二年生。ヒロインは一年生として入学してくる。そして今年の卒業パーティーが勝負の時。
全学年が参加するそのパーティーで、私は婚約を破棄される。
……まぁ、あの王子の本性を見ちゃうと正直どうなの? って感じだけど油断は出来ない。
でももしかしたらヒロインと王子の仲を引き裂きたくなるかもしれない。原作とは違う意味で。
だってヒロインはかわいいのだ。妹に色々聞いていたから知っている。
明るく穏やかで優しい。そんなヒロインをあの悪ガキ王子に渡すなんて……ちょっと我慢できなくなるかもしれない。
「お嬢さま、僕は式の会場には入れませんので待っていますね」
隣を歩いてるニコルがそう言った。ニコルは学園には通っていない。従者枠でついて来ているため、入学式には出られないのだ。
「ふらふらして迷子になってはダメよ」
「もうそんなことしませんよ!」
いや、お前には前科がある。
去年の入学式、待っていると言っていた場所にニコルはおらず、慌てて捜索したところそこから遠く離れたところで迷子になっていた。
その後も何度か同じようなことがあり、最後にあったのは二ヶ月前だったか。
お嬢様が学園に入学して十ヶ月も経つんだからいい加減学園の地図ぐらい頭に入れておけこの阿呆! と先輩執事に三時間ほど説教されていた。
ちなみにその先輩執事の方は今年入学する私の弟についている。
正確には義弟だが、まぁ、乙女ゲームや少女漫画にありがちな感じだ。
原作のニコルってこんなにポンコツじゃなかったんだけど……。
要領が悪いせいで悪役令嬢に苛められ、奴隷のようにこき使われる可哀そうな役だったはずだ。
一体どこで間違えてこんな頭の中にわたあめ詰まってそうな感じになってしまったのだろう?
「あなたはいつも楽しそうよね……」
「そうですかね?」
「えぇ」
ニコルは首を傾げて考え、何か思いついたようにパッと顔を輝かせた。
「ならきっと、それはお嬢さまと一緒にいるからですね!」
……。
「うぅっ」
「お、お嬢さま!?」
ポンコツの上にこの天然ぶりだから首の皮一枚繋がってるのだ。
従者としての仕事よりも癒し的な意味で期待されていることにこのポンコツは気が付いているのだろうか。
「いい? もしも迷子になってしまったら、寮の前で待っていなさい。勝手に歩き回っちゃダメよ」
「なりませんってば! ……で、でももし迷子になってしまったらそうします」
素直でよろしい。お菓子あげると言われても知らない人についてっちゃダメだからね。
「ニコル、ここで一旦お別れよ」
式の会場であるホールの近くまで来たところでそう言った。
「わかりました。お気をつけて」
ニコルはピシッと背筋を伸ばしてそう言った。ここのホールにはあまり来ないから、本当に迷子にならないよう気をつけてほしい。
私はホールの中に入り、裏方の方へ向かう。
何故裏方なのかと言えば、私は今日司会をしなければならないからだ。
私は今年生徒会の副会長となった。もちろん会長はこの学園で一番偉いアイツである。
そのため司会などというめんどくさい役割を押し付けられてしまったのだ。
ちなみにアイツは在校生代表の挨拶をすることになっている。派手に噛んでくれないかなぁ、と期待している。
「ごきげんよう、殿下」
控室にいた王子に声をかける。紅茶を飲んで寛ぐほどに余裕があるようだ。
しかし、使用人が一人もいないところを見ると自分で淹れたのか。その技能王子にはいらないと思うのだが。
「おはよう、クリスティーナ嬢」
キラキラ王子再発。
ヤバい、頑張れ私の表情筋!
「本日の挨拶、期待しておりますわ」
「私も君の司会、期待しているよ」
お互いに欠片も思っていないことを言い合う。
仕方ない。ここは誰が来るかわからないのだ。下手にボロを出して誰かが来たら終わる。
「原稿を読まなくてもよろしいのですか?」
「昨日たくさん練習したからね。今は落ち着いているよ」
前までの私ならどうせサラッと書いてサラッと覚えたんだろとか思っただろうけど、今は思わない。
きっと昨日必死に覚えたんだろうな。私と一緒で。
「お互い、新入生の模範となれるように致しましょう」
「そうだね。今日は重要な日だ」
今日の挨拶は第一印象が決まる日。かっこいい先輩になれるかどうかは今日にかかっていると言ってもいいだろう。
「……勝負ですわ」
「は?」
どちらがよりかっこいい先輩になれるかを。
先輩って響きすごくいいよね。でも恐らく私はクリスティーナ様と呼ばれる。一人でもいいから先輩と呼んでほしいものだ。
「間違えたりしてしまわないようお気を付けください」
一番大事なところで噛む呪いをかけておこう。呪。
「君も話すことが多いだろうから、気を付けてね」
にっこりと笑う裏で何を考えていることやら。呪い返しもするべきかな。
そう思った時、ノックの音が部屋に響いた。
「クリスティーナ様、お時間でございます」
私を呼んだのは生徒会書記のステイシー・ロビンズだ。真面目で優等生な伯爵令嬢である。
王子の出番はまだ先なためしばらくはここで寛いでいることだろう。
「それでは殿下、お先に失礼致します」
結局、王子も私も一度も噛むことは無かった。呪力が弱かったのか、王子もまた呪い返しを使ったのかはわからない。
ちなみにニコルは迷子になっていなかった。よかった。