第38話 安全はまだ遠いようです
「フィオーラ!」
「クリス……様!? 何故こんなところに!?」
ツェルの魔法でポンポン飛ばされてくる子供たちの中にフィオーラがおり、私は駆け寄る。
フィオーラは私がここに来ていることに目を見開いて驚いていた。
「無事でよかったわ……」
「私は怪我一つもしていません。でも! クリス様がこのようなところに来ないでください! 危ないではありませんか!」
今までにない強い口調でそう言われ、今度は私が驚く番だった。
確かに危ないことはあった。けど王子だって……と言い訳しようとしたところでハタと気づく。そう言えば王子は今紙袋を被った不審者だった。
「大丈夫よ。私だって怪我していないもの」
「嘘を言わないでください。いくつも擦り傷があるではありませんか」
「こんなの傷の内に入らないわ」
「入ります! クリス様のお肌に傷跡が残ったらどうなさるんですか」
別にどうもしないけど……と思っていると、フィオーラが治癒魔法をかけて治してくれた。
以前に比べれば発動時間も傷の治りも速い。この短期間で努力しているんだなぁ、としみじみ思ってしまった。
「ありがとう、フィオーラ」
そう言って微笑めば、フィオーラの表情も幾分か柔らかくなった。
「あまり、無茶をなさらないでください」
「えぇ、気を付けるわ」
出来る限りは、という言葉が付くけど。これからも死なない程度に無茶するつもりである。
「そういえば、ジーンはここにいるの?」
「はい! この子がジーンです」
そう言ってフィオーラは一人の少年を引き寄せた。少年は驚いたような表情をしたものの、ペコリと頭を下げて挨拶してくれた。
「こんにちは、ジーンだ……です」
「こんにちは、ジーン。メイは先に見つけたわ」
「本当か!?」
どこか不安げだったジーンの顔が、パッと輝いた。突然引き離されてずっと不安だったのだろう。メイは体調を崩していたようだし。
「一応私の侍従に任せてきたんだけど、なるべく早く迎えに行こうと思っているわ」
「お、俺も行きたい! あ、行かせてください?」
「ダメだよジーン。私と一緒に待っていよう?」
「そうね。まだ安全とは言えな、」
私がそう言いかけた、その時だった。
激しい音がして瓦礫が飛び散る。私は咄嗟に近くにいた子供たちも守れるように、大きな障壁を張った。
間一髪間に合ったが、反応出来てよかった。少し遅れていたら私も子供たちも高速で飛んでくる瓦礫の欠片によって穴だらけになっていただろう。
二人で話をしていた王子とツェルも広い障壁を張って瓦礫を防いでいた。
よかった。全員無事なようだ。
王子が脱出口を開けた時よりも激しい、周りのことなど全く考えていないかのような魔法だった。
これほどの魔法、相当な魔力と技術が無ければ使えないだろう。
まだまだ、安全を確保するには時間がかかりそうだ。
「フィオーラ、障壁を張ってあっちの子供たちも一緒に守れる?」
「は、はい! できます!」
ジーンを含め子供たちは全員で九人。大人でその人数だと厳しかったかもしれないが、体の小さな子供たちならきっと全員障壁に入れるだろう。
「ツェル! 紙袋さん!」
「はいはーい」
「紙袋って呼ぶなって!」
元気な声が聞こえてきて安心した。私と王子とツェルは、揃って魔法が使われた場所に少し近寄った。
「ツェル、何人いるのかわかる?」
「今魔法を使ったのは一人です。魔力が多いのはソイツともう一人だけですね。あと今空いた穴から出てきそうなのは五人。埋まったまま出て来られそうにないのが十三人です」
やっぱり、ここまでにもたくさん見張りがいてここにまだ二十人もいるなんて、ただの誘拐にしては人数が多すぎる。
それにそこまでの魔力と実力を持つ人が誘拐なんかしてるなんて絶対おかしい。そんなことするより稼げる職業なんていくらでもあるのに。
裏に何か大きなものがある、ってことだろうな。それは商人か貴族か、それとも国か。
「黒幕はわかる?」
「いくつか候補はありますけど、今はそれを考えてる場合じゃあなさそうですねぇ」
ツェルがそう言った直後、瓦礫の中から一人の男が飛び出してきた。続いてもう一人が姿を現す。
その後、続々と男たちが瓦礫を登って来た。
一番最初に現れた男が、鋭い視線でこちらを睨む。
「光属性の魔法……お前たちは一体何者だ」
「それはこっちのセリフですよねぇ。貴族を誘拐とか何考えてるんですかぁ?」
あからさまに挑発する気満々なツェルの様子に溜息が漏れる。しかしツェルの言葉に相対していた男は軽く目を見開いた。
「貴族……?」
あ……、フィオーラが貴族だって気付いてなかったんだ……。フィオーラは貴族になって日が浅いから、貴族特有の気品みたいなものはまだ身に付いてないもんな。仕方ないっちゃ仕方ないのかもしれない。
「バカなんですかね。貴族を誘拐なんてするからこんな大事になっちゃってるって気付いてないなんて」
いや、そりゃ貴族が誘拐されたから衛兵は動かしやすかったけど。どのみちジーンとメイが攫われてたらどこぞの光属性の王子は突っ走ってたんじゃないかな。大事になるのは避けられなかったと思う。
しかし、ツェルの挑発するような物言いにより男たちの表情に苛立ちが交じる。
それを見たツェルは狙い通りとでも言うように、ニヤリと笑った。
「あの二人はオレが相手します。残りは殿下方に頼みますよ」
「一人で大丈夫か?」
「大丈夫ですって。むしろ手ェ出さないでください」
心底楽しそうな表情のツェルに、私たちは揃って呆れる。
でも同時に、心配する必要は無いようだと感じた。きっとツェルなら大丈夫だろう。
「じゃあクリスティーナ嬢、さっきの眠らせるやつ、頼めるか?」
「もちろんですわ」
王子は魔銃を取り出して構え、私は魔法の準備をする。
私はツェルが指定した二人の男以外を狙って魔法を放った。しかし男たちは魔法攻撃になれているのか、命中して倒れたのは一人だけだった。
すかさず王子が魔銃を放ち、銃声が連続して響く。
私はその間に魔法をもう一度準備する。王子の銃撃により、二人が倒れていた。
今度こそ外さないように一人に狙いを定め、避けられないよう速度を上げて撃つ。それは避けることが出来なかったのか、魔法は直撃し男は倒れた。
もう一人にも放ったのだが、それは障壁により防がれてしまった。
「そういえば、魔力持ちだったわね」
もう一度魔法を放ったが、やはり障壁によって防がれる。自分の魔法の威力の無さに歯噛みする。
王子の光魔法ほどではなくとも、もっと強い魔法を使うことが出来たのなら、あの障壁を貫通させることも出来たのに。
王子も魔銃を放っているのだが、一向に障壁を貫通する様子はない。
どうやら男は他の全てを捨てて障壁だけに魔力を注いで防御力を上げているようだ。
男と私たちの距離が近づいたその時、一瞬だけ男が見えなくなった。
魔法だろうか。ツェルほどではないにしろ、移動速度を速めるタイプの。
どこに行ったのか、そう考えていたその瞬間、視界の端を銀色の刃が掠めていた。