第37話 やりすぎてしまった
六か所目には誰もいなかった。残ったのは最後の場所だが、そこは最も入り組んでおり、一つ道を間違えればたどり着けなくなる迷路のような場所だった。
その間にも敵は襲ってくるし、気が抜けない。
最後の候補地に着く頃には俺もクリスティーナ嬢も息を切らしていた。
魔法は使ったし走ったしで一般人レベルの体力しか持たない俺たちにはきつかった。
近づく前に息を整えろというツェルの指示により、俺たちは目的地から少し離れた場所で休憩していた。
「ツェル、あそこで間違いなさそうか?」
「はい。今見て来たんですけど、人がたくさんいましたよ。魔力持ちも大量でした」
「それは捕らえられてる子供たちだけじゃなくてか?」
「もちろん子供たちもなんでしょうけど、敵もほとんど魔力持ち、っていうか魔力持ちしかいないんじゃないですかね? あの空間自体に結界も張ってありましたし」
「……厄介だな」
流石に光属性はいないだろうから俺の結界ほど強力じゃないだろうが、それでも面倒だ。結界を張って維持できるだけの魔力があるということだし、結界を破るというのは難しいことなのだ。
「結界は殿下なら壊せるんじゃないですか?」
「うーん。大丈夫だと思うけど、その結界って魔道具とかで補助してたか?」
「してませんでしたよ。そこまでのお金はないんじゃないですかね」
「だったら壊す分には問題ないが、余波で地下道が崩れないかが心配だな……」
「あー……じゃあいっそのこと崩しちゃいません?」
「は?」
ツェルがさらっと言った言葉に俺とクリスティーナ嬢は怪訝な顔をする。
「あ、人質はちゃんとオレが守りますよ? 魔力持ちは障壁張って生き残るでしょうから、誰も死にません」
「確かに……ここの真上には何があるんだ?」
「廃屋ですね。この辺りの上は人はほとんどいないです」
「……でも騒ぎにはなるよな?」
「それくらい我慢してくださいよ。今のあんたは紙袋なんですから、大丈夫ですって」
紙袋が光魔法使っても大丈夫かな。光魔法使える人って凄く少ないんだぞ。
でも、崩してしまうのが一番効率が良いのは事実なんだよなぁ。
「後始末はお前がするんだな?」
「お任せください。あ、でもちょっとは手伝ってくださいね?」
「……わかった」
俺が頷くとツェルは満面の笑みを浮かべた。こいつ派手な戦いを楽しみにしてやがる。
そしてふと思い出したように俺に向かって言った。
「あぁでも、天井が崩れない程度の威力に調節できるならそれが一番いいですからね? 出来なくても天井が全壊するような事態はなるべく避けてください」
「わかった」
「じゃあそろそろ行きましょうか」
頷いて歩き出した俺たちの間には、これまでと比べ物にならないほどの緊張感が漂っていた。
*
その空間には確かに結界が張られていた。魔道具も何も使っていない割に、思っていたより強固だ。
でも、光魔法なら壊せないことはない。光属性の攻撃魔法って強力過ぎて訓練場以外で使ったことがないけど。
本当はもっと細かなコントロールが出来た方が良いんだろうが……どうにも難しいんだよな……。在学中に何とか出来るようにがんばろ。
けど今は、この結界を崩せるくらいの強力な魔法が必要だ。尚且つ威力を調整しないと。
俺は魔力を収束し、魔法を放つ準備を始める。
「……行くぞ」
小さな声で呟くと、クリスティーナ嬢は返事の代わりに頷いた。ツェルは……いつでも大丈夫なように用意しているだろう。
貯めこんだ魔力を一気に放って形にする。
それが結界にぶつかった瞬間、轟音と共に地面が激しく揺れた。
そして俺は思わず呟いた。
「あっやばいちょっとやりすぎたかも」
何かに掴まらないと立っていられないレベルの揺れに、咄嗟にごつごつとした壁を掴む。クリスティーナ嬢は立っていられなかったのかしゃがみ込んでいた。
天井にヒビが入った音が届く。
俺はクリスティーナ嬢を引き寄せ、障壁を張る。直後、天井が崩れて俺たちの上に落ちてきた。
障壁を張っているとはいえ、重たそうな天井が落ちてくる光景は中々に怖かった。安全って分かってても怖いもんは怖い。
障壁にあたって物凄い音を立てているし、この程度では壊れないはずと思っていても保険としてもう一重障壁を張ってしまった。
しばらくして衝撃が収まると、俺たちは完全に埋もれていた。障壁の向こうは全部瓦礫だらけ。
「……もう少し、加減は出来なかったのですか?」
「……すまん」
「死ぬかと思いましたわ」
「本当にすまん。そ、それで、ここからどうやって脱出しようか」
「威力を抑えた光魔法で上に穴を開けることは可能ですか?」
「あー……多分出来ると思う」
それくらいの威力調節なら多分、いけると思う。今しがた失敗したばかりで信用できないかもしれないけど。それなら大雑把でも良さそうだし。
俺は障壁を張ったまま上に狙いを定めて魔法を放つ。
さっきほどではないが大きな音がして、上にある瓦礫が吹っ飛ぶ。
風穴があいて太陽の光がここまで届いた。
「いけたっぽいな。よかった。登れるか?」
「えぇ、大丈夫ですわ」
と、クリスティーナ嬢は言ったのだが、実際は何度か苦戦する場面があって俺が手助けしながら上に引き上げた。
足場が崩れてしまわないか心配だったのだが、それは杞憂に終わり、俺たちは無事地上に辿り着くことが出来た。
ツェルの言っていた通り地上は廃屋で、地面が突然崩落するという事件があった割には野次馬もほとんどいなかった。まぁ、しばらくしたら増えるんだろうけど。
少々威力調節をミスったかもしれないが、ツェルたちは無事だろうか。
そう思ったその瞬間、風に乗った声が耳に直接届いた。
「随分とまぁ派手にやりましたね? 後始末はあんたの割合増やしますが悪しからず。それであんたが派手にやり過ぎたせいでオレたち脱出が難しそうなんですよねぇ。出来ないことはないんですけれども。ですが手伝って頂けると楽なんですよね。今あんたらが脱出した方法でこっちにも風穴開けてくれません?」
もしかしたらツェルこれキレてるかもしれん。紙袋マンとすら呼ばなくなったし。王子に対して「あんた」とか呼んじゃう護衛ツェルしかいないだろうな。
俺はツェルの言うことに素直に従い、ツェルが次いで知らせてきた位置情報をもとに光魔法でそこを破壊した。
しばらくして風魔法で浮かせられた子供たちが続々とこちらへ飛ばされ、最後にツェルが地上へ降り立った。
その中にジーンとフィオーラもおり、紙袋の下で俺は密かに安堵した。