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第35話 隣にいるから

 男を撃ったクリスティーナ嬢は、いつも気丈な彼女には珍しいくらいに、蒼白になっていた。


 直感的に、クリスティーナ嬢は魔銃を人に向けて撃ったのが初めてだったのだろうと思った。

 引き金を引くのは相当怖かったはずだ。

 その瞬間、彼女が何を思ったのかはわからない。彼女の性格を考えれば、なんとなく、わかる気もするけど。

 多分、俺が初めて人を殺したときとは、全く別物の感情だったんだろうなぁ……。


 なんとなく適当に王子様をやっていた俺が、「ライモンド」として生き始めたのはあの出来事がきっかけだった。


 王宮で王子として大事に育てられてきた俺には、異世界だからという理由で苦労するようなことはあまりなかった。

 極度に不衛生だとか、怪我や病が治らないとか、そういうのは魔法が発達していたお陰で問題にならなかった。

 そりゃあ日本の一般家庭と異世界の王子とでは生活リズムも学ばなければならない内容も全く違ったけど、本当の意味での()()を理解していなかったんだと思う。


 肉を貫いた感触も、まだ温かい死体の重みも、視界を覆う赤い血も、今でも鮮明に覚えている。

 忘れたくても忘れられない。……忘れたくても、忘れちゃいけない記憶だ。


 そんな死んでもおかしくないような体験をしたわけだが、王族が誰しもこのような経験をするわけもなく、俺は相当運が悪かったらしい。

 極秘中の極秘だったのに何故か情報が洩れてたし、そのせいで少人数だったことが裏目に出たし。唯一救いだったのは護衛が全滅せずに残っていて、なんとか切り抜けられたことか。


 心ん中がぐっちゃぐちゃになって、俺は部屋に閉じこもった。

 人を見る度に殺した時の記憶が蘇った。だから一人になりたかった。


 何か月ぐらいそうしてたのか、ほとんどの人は俺のことを諦めていたと思う。

 あんなことがあったんだから仕方ないとか、同情的な声もあったけど、一番大きかったのは失望の声だった。


 野盗に襲われたくらいで情けない。

 聡明だったのに残念だ。

 なんて。


 ふざけんなって思ったよ。お前も体験してみろって。

 でもそう言ってる相手は俺のことを「王子」というモノだとしか思っていなくて、同じ人間だとは思っていないんだろう。

 まぁ実際王族なんてそんなもんだから、そういう認識を変えようなんて思わないけどな。


 それは一旦置いといて。再起不可能と思われていた俺が、護衛一人で街を遊びまわれるくらいまで立ち直ることが出来たのは、間違いなくミランダと俺の今世の父である国王のお陰だ。

 二人が俺を諦めなかったお陰で、俺はこの世界を受け入れることが出来て、ライモンドとして立っていられる。


 俺に言い返してくるクリスティーナ嬢の様子を見る限り、俺ほどのダメージは受けていないみたいだけど、経験者としてはまだ気が抜けない。


 俺は二人の受け売りで逃げちゃダメとか偉そうなこと言ったが、俺だってその責任をしっかり背負えているかは不安だ。

 でも逃げちゃいけない。それだけは、絶対に。


「もし、もしもだ。どうしても逃げたくなったら俺に言え。軽くしてやる努力はするから」

「軽くしてやる、と言い切らない辺り殿下らしいですね」

「や、だって俺が代わりに背負える分なんてたかが知れてるし。あんまり重かったら俺が潰れる」

「では、潰れそうになったら私に言ってください。助ける努力はしますので」

「それじゃあ意味ないじゃんか」

「ありますよ。お互いに潰れそうなときに助け合えばいいんですから」


 彼女はそう言って笑った。

 いつもの作り上げた綺麗な微笑ではなく、無機質な地下道とは対照的な、暖かさのある美しい笑顔だった。


 本当に、彼女には敵わない。

 俺は多分、これからも倒れることなく進んでいけるだろう。だって、彼女が隣で笑ってるから。




 *




 敵は俺たちに襲い掛かってくるようになり、クリスティーナ嬢は魔銃ではなく闇魔法で敵を眠らせていた。

 ミスもなく的確に魔法を放てるのはすごいと思う。ただ準備には魔銃よりも時間がかかるから、本当に危なくなってきたら魔銃も使わなければならないだろう。

 なるべく、クリスティーナ嬢には使わせないようにしたいな。


 敵の対処をしていたことで時間がかかったが、ようやく五か所目の入り口に辿り着いた。

 これだけ見張りがいたんだから、本命であることを願う。


「ちょーっと待ってください殿下。あ、返事はしなくていいんで」


 イヤホンで音を聞いた様な、懐かしい感覚に少し驚く。だがすぐにツェルの魔法であることに気が付いた。

 ツェル属性は風だ。音を風で運んだのだろう。


「中からいくつも気配がするのでここ本命で確定です。そして、相手もこちらに気付いてます。初動が勝負です。障壁張って魔法ぶっ放してください」


 クリスティーナ嬢とニコルにもその声は聞こえていたようだ。二人の表情が引き締まる。


 ツェルは魔法をぶっ放せと言ったが、人質がいることを考えればどの魔法を使うかはよく考えないといけない。特に俺の光属性の攻撃魔法は魔銃なんか比べ物にならないくらい強力だから尚更。

 使うならクリスティーナ嬢がさっき使っていた魔法で慎重に範囲を調整して、という感じか。


 クリスティーナ嬢と目が合うと、彼女は小さく頷いた。

 多分伝わった……んだと思う。


 俺は障壁を張り、扉に手をかける。合図のためにクリスティーナ嬢に見えるよう手を後ろに回し、三本の指を立てた。


 深く息を吐くと、俺は一本指を折る。これは、俺自身に行動を促すためでもあった。

 均一の拍で一本ずつ指を折っていく。

 そしてそれがゼロになった時、俺は勢いよく扉を開いた。


 案の定、扉を開いたその瞬間、待ち構えていたように俺に一斉に矢が襲い掛かった。

 魔法を使ってくる奴は一人もいなかった。攻撃できるほど魔法が使える人というのは意外と少ない。

 魔力が足りなければ発動させることは出来ないし、教育を受けなければ使い方を知ることは出来ない。

 そのため、この世界での遠距離攻撃の主流は弓矢やクロスボウだ。


 しかし、来るとわかっていれば怖いものではない。障壁を張ることで難なく防ぐことが出来た。


 矢が落ちることを確認した俺は、横へ一歩ずれる。

 俺の後ろに控えていたクリスティーナ嬢が現れ、闇魔法を放った。


 さすがクリスティーナ嬢だ。魔法は適切に制御され、敵を七割ほど眠らせていた。

 素早く部屋の中を見渡すと、手足を縛られた子供たちが数人、隅で蹲っていた。その中の一人にメイがいたことを、視界の端に捕らえた。

 ジーンとフィオーラは……いないっぽいな。


「とりあえず、敵全部片づけるぞ」

「わかりましたわ」


 クリスティーナ嬢は早速闇魔法を放ち始めた。クリスティーナ嬢に任せきりにしておくことは出来ない。

 俺はクリスティーナ嬢の周囲に障壁を張りながら魔銃を構え、敵の足を狙う。足ならば動けなくはなるが致命傷にはなりえないから、治癒魔法で治すことが出来る。


 そこからは、拍子抜けするほどあっさり敵を倒すことに成功した。

 背後から襲われないようにツェルが対処してくれていたお陰もあるだろうが、それ以前に魔法を使う者がおらず弱かった。


 ジーンとフィオーラがいない。つまり、ツェルの言った通り別々の場所に捕らえられているということだ。


 そして本当に目的が魔力だとすれば、戦力はそちらに固めているだろう。フィオーラが魔力持ちであることもバレたのかもしれない。


 もうそろそろ俺たちが潜入していることは相手にも伝わっているだろう。

 相手はどう動くかわからない。でもまずは、この子たちを保護しないといけない。


 俺は眠っている敵を全員拘束し終えてから、子供たちの縄を切っているクリスティーナ嬢の元へ向かった。



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