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第34話 逃げません

 私たちはほとんどが素人であるにもかかわらずツェルのお陰で順調すぎるほど順調に進んでいた。

 しかし、その状況がいつまでも続くはずもなく、終わりは訪れた。


「あー……やっぱり近づいて来ると増えますねぇ」

「多いのか?」

「ちょっと一人で対処するのが難しいくらいには。けど、これでここが本命ってことがほぼ確定しましたね」


 ツェルはにやりと肉食獣のような笑みを浮かべる。

 ツェルの事だからそれも最初から確信しててもおかしくなさそうだ。ていうかそうじゃなきゃここ選んでなさそう。


 しかし、ここが本命ってことは危険もそれだけ大きいってことだ。これで私や王子が死んだらシャレにならない。間違いなくツェルとニコルの首が飛ぶ。そして王子が死んだら私の首も飛ぶ。

 王子も同じことを思ったのか、心なしか顔が強張っている。


「殿下、いつもの持ってますか?」

「あぁ、これだろ?」


 そう言って王子が取り出したのは、いつぞやの魔銃だった。王子だって今日は普通に遊びに来ただけだったろうに。持ち歩いてるのか。

 けどまぁ、それは私だって人のことは言えない。


「それ、私も購入したのですよ」


 私が王子と同じく魔銃を取り出すと、ツェルが呆れたように言った。


「婚約者殿、お嬢様なんですからそんな物騒なもの持たないでくださいよ」

「手榴弾よりはマシだろ」

「え、手榴弾って何のことです?」

「以前クリスティーナ嬢が持っていたんだ」

「婚約者殿怖すぎですね。殿下頑張ってください」

「……あぁ」

「護身用ですから、殿下が気にする必要はないと思うのですけど」


 王子の持っていた魔銃を見た時、私は護身に最適だと思った。なので少々高かったが私も購入した。

 魔力さえあればいくらでも撃てるし、持ち運びもしやすいからとても便利だ。


「婚約者殿ー、普通のお嬢様はですね、咄嗟に障壁が出るアクセサリー型の魔道具なんかを持ってるんですよ?」

「知ってるわよ」


 失礼な。私を無知な子供だとでも思っているのか。

 私は魔獣や暴漢が出ても絶対気絶しない自信があるし、咄嗟に障壁が張れる自信もある。私が欲しいのは反撃……って言ったらダメだな。とにかく、攻撃手段が欲しかったのだ。

 障壁だけじゃ必ず限界がくるのは、わかりきっていることだから。


「ということで、私も最低限自分の身は自分で守れますわ。心配なのはニコルですね」

「はい。僕は魔法はそれほど使えませんし、運動能力も高くないので確実に足手まといです」

「んー、じゃあ君は見つからないようにとにかく隠れててください」

「了解です!」


 ツェルは早々にニコルを戦力外認定した。まぁ、いつものことと言えばいつものことか。


「それじゃあとりあえず、オレが敵を殲滅するって感じで良いですかね?」

「「…………え?」」


 殲滅……? 殲滅って言った?


「あ、いや、殲滅は言い過ぎですね。襲い掛かって来た邪魔なのは全部倒しますんで。自分の身は自分で守ってください」


 ……あれかな、さっき一人ではちょっと難しい、って言ったのは敵を全滅させるのに加えて私たちの安全を確保するのが難しいってことだったのかな。

 殲滅だけなら一人で出来るってことかな。


「俺たちほんと要らないな」

「ですわね」

「そんなことありませんよ。オレ一人だとうっかり人質まで殺しちゃいかねませんので」


 さらりと告げられた言葉に、私と王子は一拍おくれて目を見開く。

 そうか、それは……私たちがいる意義もあるかもしれない。


「私たちの役割は自分と人質を守ることね」

「そうなりますね。オレが戦ってる間にパパッと救出しちゃってください」


 軽々しく言ってくれるツェルに苦笑しか出てこない。無理だろと思うがここに来ることを決断した時点でやり遂げなければならないのだ。


「見つかったら時間との勝負ですからね」

「わかった。フィオーラたちが捕らわれている場所に見当はついているか?」

「申し訳ないんですが、こればかりは候補が多すぎて絞りきれません。それぞれ別の場所にいる可能性もありますしね」


 そう言いつつも、ツェルは候補となる場所を教えてくれた。全部で七ヵ所。これでもかなり絞っているのだろうが、回るのには時間がかかりそうだ。

 入り組んだ場所にあるとこなんかだったら大変だな。


「なるべくオレも一緒にいるようにしますけど、場合によっては無理かもしれないのは理解しといてくださいね」

「もちろんよ。あなたも無理しすぎないようにね」

「お気遣いありがとうございます、婚約者殿」


 その言葉を最後にツェルは姿を消した。なるべく一緒にいるということはこの近くにいるんだろうけど、私は気配察知なんていう特殊スキルは持っていないので、どこにいるのかは全くわからない。


「じゃあ行こうか、クリスティーナ嬢、ニコル。ツェルは勝手についてくるだろうから」

「わかりましたわ。ニコル、なるべく喋らないように、見つからないようにするのよ」


 ニコルは手で口を覆ってコクコクと頷いた。喋らないようにしないといけないのは私たちも同じだ。

 念のため常時発動の障壁も張っておいた。防御力はそう高くないが、無いよりはましだろう。


 王子が先導してくれるようなので私とニコルはそれについて行く。

 しばらく歩いていると、だんだん悲鳴や呻き声が増えてくきた。私たちが気付かない間にツェルが倒しているのだろう。


 そのまま私たちに危険が降りかかることはなく、一番近い候補地に辿り着いた。


「……いないな」


 そこは確かに他より広い空間ではあったが、中はもぬけの殻だった。

 最初から見つかるとは思っていなかったが、こうして実際に目の当たりにすると、僅かながら焦りが生まれる。


「次、行きましょう」


 焦って冷静さを失うことが一番よくないということはわかっている。

 私は深く息を吐いて、次の目的地に意識を切り替えた。


 その後三ケ所を回ったのだが、一向にフィオーラたちは見つからなかった。

 ここまでの敵は全てツェル一人で片づけてしまったため、私たちが危険にさらされることもなかったが、それはつまり、本命がまだ先であるということを表していた。


 この状況に変化が起きたのは、五ヵ所目でのことだった。

 ツェルが一人で敵を対処しきれなくなってきたのだ。


「危ない!」


 私は咄嗟に叫んだが、王子はすでに障壁を張っていた。

 その直後、王子の障壁に通路の脇から飛び出してきた男の剣が振り下ろされた。

 障壁により難なくそれは跳ね返されたが、それは安全な時間が完全に終了したということの合図だった。


 私は魔力を込めて準備していた魔銃を向ける。ここまで来て引き金を引くことに怯えている自分に腹が立ってくる。撃ちたくない。でも……――。


 即座に引き金を引き、男を撃ちぬいた。

 急所は外れていたが、男はその場に崩れ落ちた。


 人間を撃ったのは、初めてだった。


 目の前で人が死ぬところも、誰かが殺しているところも、この世界に来てから見たことがある。

 この世界は乙女ゲームの世界にそっくりだとはいえ、現実だ。前世よりも治安が悪いことはわかっていたし、そういう世界だと割り切るしかなかった。


 男は死ななかった。

 でも死んでいてもおかしくなかった。殺していてもおかしくなかった。


 人を害す覚悟をした上で、この魔銃を購入した。

 覚悟はした……つもりだった。けど今の私は、多分相当青ざめている。


「大丈夫か?」


 この薄暗い中で、王子にも気づかれるくらいには。


「大丈夫ですわ」

「嘘つけ真っ青だぞ」


 王子に呆れたようにそう言われてしまった。ニコルは言いつけを守って喋っていないが、王子に同意するように頷いている。


「ご心配をおかけして申し訳ありません。もう、大丈夫ですので」

「人撃ったの、初めてか?」


 図星をつかれて顔を上げると、王子は真剣な表情をして私を見ていた。

 強がりも見透かされている気がして、私は素直に頷いた。


「普通のご令嬢なら実行できないだろうし出来てもぶっ倒れてただろうことを考えれば流石だと思うぞ。俺が初めて人殺したときはもっとげっそりしてたし。あ、今の奴は死んでないけど」

「殿下もそんな経験がおありなのですか?」

「そりゃあまぁ、俺を殺したい奴なんて山ほどいるからな」


 一応これでも王子な訳だから、そんな経験はないものだと思い込んでいた。けど、王子にも経験があったのか。


「近くの領地に視察に行った帰りにさ、賊に襲われたんだ。少人数で極秘だったから、俺が王子だってことはバレてないと思ってたんだけどな、そうでもなかったらしいんだわ。で、俺は殺されかけて、近くに落ちてた誰かの剣で必死に耐えてたら、いつの間にかそれが相手に刺さってた」


 直接、だったんだ……。じゃあ、今の私なんかと比べ物にならないくらい、辛いじゃないか……。


「気付いたらまだあったかい死体が俺の上にのってて、ベトベトした真っ赤な血を全身に浴びてた。流石の俺もしばらくの間部屋に閉じこもって塞ぎこんだよ」

「その、よくご無事で……」

「生き残った奴らと必死に逃げたからなぁ。そん時の黒幕はもう捕まってこの世にいないし」


 私だったら、立ち直れなかったかもしれない。でも王子はこうして立ち直ってる。誰かの助けがあったのかもしれないけど、何より、その心の芯の強さが無ければ出来なかっただろう。


「酷なことかもしれないけど、逃げちゃダメだぞ。全部忘れて放り出したい気持ちはめちゃくちゃわかるけど、受け止めなきゃいけない。特に、俺たちは」


 私は公爵令嬢で、王子は王子。責任から逃げてはいけない。私たちは、そういう立場の人間だ。


「逃げません」


 口に出すだけなら簡単だ。実現出来なければ、それはただの戯言だ。


「惑わされるなよ」

「殿下こそ、お気を付けくださいね?」

「ま、そう言っていられる間は大丈夫だろうな」


 私はきっと大丈夫だ。だって、この王子が隣にいるんだから。



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