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第33話 何も持たない私に

フィオーラのお話。

時間が少し遡ります。

 お父さんとお母さんの顔を、私は知らない。

 私が小さい頃に事故で亡くなったのだと、おばあちゃんが教えてくれた。

 身寄りのない私を拾って育ててくれたのは、おばあちゃんだ。それからずっと、私はおばあちゃんと一緒に暮らしていた。


 でも、優しかったおばあちゃんも、私が十二歳の時に亡くなった。町医者では治すことのできない病だった。

 それから数か月後に治癒魔法の力が発現した時は、私は悔しくて涙を流した。もっと早く発現出来ていれば、おばあちゃんを治せたかもしれないのに、と。


 それから一年間は、おばあちゃんが残してくれたお金と、日雇いのお仕事で稼いだお金で暮らしていた。

 おばあちゃんは魔力を持っていた私を学園に通わせようとしてくれていたけれど、その時は毎日を生きることに精一杯で、学園に通うことは諦めていた。


 そんなある日、スーリエ男爵が私を養子にしてくださった。なんでもお母さんがスーリエ男爵家の令嬢だったんだそうだ。

 ずっと平民として生きてきた私がいきなり貴族となって、戸惑うことばかりだった。


 貴族というのは、机に向かって仕事をして、何不自由なく優雅な暮らしをしている雲の上の存在だと思っていた。

 でも現実は全然違った。


 歩いたり食事したり、何をするにも気を遣うし、勝手な行動は絶対許されない、窮屈で自由が無い生活だった。

 でも子供のいなかったスーリエ男爵と奥様は、私に対して本当の子供のように接してくれた。私はそんな夫妻に相応しくなれるよう、遅れを取り戻すために必死に勉強した。


 学園に通い始めて、久しぶりに日々が色付き始めた。入学した日の桜がとても綺麗だったことを、今でもよく覚えている。


 学園のパーティーで、私はクリスティーナ様と出会った。飲み物を零してドレスを汚してしまった私を許してくださるどころか、私にもドレスを貸してくださった。


 クリスティーナ様はとてもお美しくて、お優しいお方だ。でも優しいだけじゃなくて、至らない点ははっきり指摘してくださる。

 恐れ多いことだけれど、私は勝手にクリスティーナ様を姉のように思っていた。


 最近、私は目標を決めた。

 私がスーリエ男爵夫妻やクリスティーナ様に受けた恩を繋いでいくことだ。

 今の私は治癒魔法という能力を持っているけど、全然使いこなせていない。でもミランダ様のように自在に治癒魔法が使えるようになれば、誰かを救うことが出来るかもしれない。悲しむ人が、減るかもしれない。


 私は、一人でも多くの人が幸せに笑っていられる未来を創る、ほんの少しのお手伝いがしたい。




 *




「ジーン! メイ!」


 私はニコルくんと共にジーンとメイの家までやって来た。メイが風邪を引いたと聞いて、どうしても不安が押し殺せなかった。


 扉の外から声をかけると、しばらくしてゆっくり扉が開いた。

 その隙間からジーンが顔を出す。私の顔を見ると、驚いたように目を見開いた。


「フィー姉ちゃん! なんでこんなとこにいるんだ!?」

「建国祭だから街に遊びに来たんだ。そうしたらメイが風邪を引いたって聞いて心配になって」

「そっか、ありがとな! メイは今寝てるよ。そっちの人は?」


 ジーンがニコルくんを指してそう言った。ジーンが警戒しているのが見て取れて、私は少し苦笑した。


「こっちはニコルくん。私がお世話になっているお方の侍従さんなの」

「は、はじめまして。ニコルと申します!」

「ふーん。とりあえず、中入ってよ」


 私たちはジーンの後を追って部屋の中に入っていく。前に来た時から何年もたっているけど中の様子は変わっていなくて、とても懐かしく感じた。

 そして、その奥にメイが横たわっていた。


「朝から熱が出てるんだ。全然目を覚まさねぇから、俺、心配で」


 メイの呼吸は荒く、整っていない。母子家庭であるこの家に、薬を買うほどの余裕が無いことはよく知っている。


 私では、完治させることは出来ない。でも、回復に向かわせることは出来る。


「ジーン、魔法をかけてもいい?」

「え、フィー姉ちゃん魔法使えるようになったのか?」

「うん、病気を治す魔法。まだ完璧じゃないんだけどね」

「頼む! メイを治してくれ!」


 ジーンが深く頭を下げたので、慌ててそれを止めさせる。メイを治したいのは、私も同じだから。


 私はメイの体に手を添え、目を閉じて願う。メイの病気が治りますように、と。

 治癒魔法を使う時、いつも不思議な感覚に襲われる。地面に足がついていないかのような、ふわふわした感覚だ。

 時間さえもよく分からなくなって、気付いて目を開くと治癒を終えている。

 その間は、自分でさえも制御できていない。


 そうして目を開くと、メイの顔色は幾分かよくなり、呼吸も規則正しく整っていた。


「終わったよ。多分もう少ししたら目を覚ますと思う」

「ありがとう! フィー姉ちゃん!」


 それから少し、メイが目を覚ますまで三人でお話をした。

 ジーンはこの前行った魔力検査で、学園の学費が全額免除されるくらい高い魔力を持っていることが分かったそうだ。


 しかしジーンは早く働いてお金を稼ぎたいらしくて、学園に通う時間がもったいないと言っていた。

 でもお母さんには、折角だから学園に通ってほしいと言われているらしい。ジーンはまだ決めることが出来ず悩んでいた。


「フィー姉ちゃんは学園楽しい?」

「とっても楽しいよ。学ぶこと全てが新鮮だし、色んな人がいる。それに、魔法を学んだ方がお給料の良い職場で働けるんだよ?」

「そうなのか!?」

「街で働く三年分のお給料なんてすぐ取り戻せちゃうくらい」

「そっかぁ……」


 ジーンが働きたいと言っているのは、偏にお母さんの力になりたいと思っているからだ。

 何を選択するかはジーン次第だ。でも私としては学園に通ってみてほしいと、ちょっとだけ思う。


 その時、メイの瞼が僅かに動いた。


「メイ!?」

「ん……、お兄ちゃん?」

「大丈夫か!? まだ起きなくていいぞ!」

「メイ、完治したわけじゃないからまだ無理しちゃダメだよ」

「あれ、フィーお姉ちゃん? なんで?」

「ちょっと遊びに来たの」


 メイはまだ起きたばかりでぼんやりしているみたいだ。額に触れてみると熱は大分下がっていた。この調子なら明日の朝には元気になっているだろう。


「お水……」

「あ、汲むの忘れてた! 俺行ってくる!」

「待ってください! 僕が行ってくるのでジーンくんはメイちゃんの傍にいてください」

「あ……ありがとう……」


 ジーンは少し目を逸らしながらもお礼を言った。ニコルくんはそんなジーンに柔らかく微笑む。私も思わず笑ってしまった。


 ニコルくんは立ち上がると外に向かって行った。けどすぐに戻って来た。


「井戸の場所ってどこですか!?」

「外出て左曲がってちょっと歩いたとこだよ! 目的地も知らずにどこ行くつもりだったんだ!」

「ごめんなさい!」


 ジーンに怒鳴られニコルくんは慌てたように左に向かって走って行った。

 メイと目を合わせ、私たちは一緒にクスリと笑った。



 それから、すぐの事だったんだ。

 玄関の扉が、乱暴に開かれたのは。


「誰!?」


 ニコルくんではないことは確実だ。彼はさっき出て行ったばかりだし、こんな乱暴な開け方しない。


「ここにいるのはガキ二人って話じゃなかったのか」

「さぁな。だが捕獲命令が出てるのは男のガキだけだ」

「他は?」

「殺しても構わん」


 穏やかではない言葉に顔が強張る。青ざめているジーンとメイを庇うように、私は前に出た。


「ここから出て行ってください!」

「あぁすぐに出ていく。ガキをもらって、お前とチビを殺してからな」


 私は咄嗟に障壁を張った。攻撃が来るかもわからなかった。でもそうしなければならないと思った。


 甲高い音がして障壁が割れる。相手の魔法と相殺されたのだということが分かった。


 偶然だけど、一撃目は弾けた。でも次も同じことが出来るなんて思えない。

 私は攻撃魔法が得意じゃない。必死に考えても、打開策なんて思いつかなかった。


「……お願いです。ジーンとメイは助けてください。この子たちの代わりでも、なんでもします……だから!」


 力のない私に出来ることなんて、頭を下げることだけだった。


「助けてください……お願いします……」


 ロベルト様やアーネスト様だったら全員倒しちゃえるんだろうな。ステイシー様だったらきっともっと冷静に対処する。

 クリスティーナ様だったら……こんな風に、みっともなく手が震えることなんて、きっとない。


 犯人の剣が首筋に突き付けられる。怖くて涙が零れそうになるのを必死に堪えた。

 私が頼りなく震えていることを、ジーンとメイに知られたくなかった。もし知られてしまえば、二人の恐怖がもっと大きくなると思ったから。


「命だけは、な」


 薄れゆく意識の中、その言葉がぼんやりと耳に届いた。



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