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第32話 やっぱりすごかった

 ジーンとメイは、とても仲の良い兄妹だった。

 父親がいないせいかジーンは年齢の割にしっかりしており、メイも落ち着いた子だった。


 ジーンたちの母は芯の強い人で、いつでも明るく笑っていた。

 その血を色濃く継いだジーンとメイも前向きな性格で笑顔を絶やさず、そんな二人の周りにはいつも人が集まっていた。


 彼らは俺のことを兄のように慕ってくれていた。

 毎日を必死に生きている彼らの人生を、こんなところで終わらせたくない。父親の分まで彼らに愛を注いでいる彼らの母を、悲しませたくない。

 どうしても、助けたい。



 俺たちはツェルが候補に挙げた四つのうち、南側の印の近くに来ていた。

 人気は少ないがない訳ではなく、今も数人が歩いているのが見える。住宅街ではあるが空き家が多い、そんな場所だった。


 相手に不審に思われると危ないので、ツェルの指示で少し離れたところで最終確認をしていた。


「目的の場所はあの家です。あそこに地下へ行く入り口があって、その中は迷路みたいになってるので道筋を把握していないとあっという間に迷子になります」

「お前は把握してるのか?」

「してますよ。あそこはこういう誘拐事件の時に利用されやすいように残してある場所なんですから」

「利用されやすいように?」

「そういうとこを全部潰しちゃうと相手はもっと巧妙になって面倒になるんですよ。だから残しといてあるんです」

「へぇ」


 ツェルは紙を取り出し地下迷路の簡易的な見取り図を描いていく。

 目的の場所に至る道筋を二つ描いて、俺たちに見せた。


「ここが拠点にされていると思われる場所ですね。で、こっちの道が最短ルート。でもここが本命だった場合こっちの道は見張りが多いと思うんで、もう一個のルートを通りましょう」


 オレ以外みんな素人ですからねー、とか言って笑っているツェルを横目に、俺はその見取り図を頭に入れる。

 迷子になるというだけあってかなり複雑で、正確に覚えていられるか不安だ。でも覚えておかないと万が一はぐれた時にヤバい。隣でクリスティーナ嬢も、見取り図を食い入るように見つめていた。


「殿下たちはオレの後をついて来てくれればいいんで。でもなるべく音をたてないように行動してください。オレの指示には絶対従ってくださいよ」

「わかった」

「わかったわ。ニコルいいわね? 音をたてないようによ?」

「わ、わかってますよ!」


 クリスティーナ嬢がニコルに釘を刺す。俺もニコルが一番心配だ。ねずみやGに悲鳴を上げないでくれることを願う。


「入り口にいる見張りはオレが対処します。合図したら来てください」


 俺たちはツェルの言葉に頷く。次の瞬間、ツェルは視界から消えていた。

 魔法を使ったのだろう。音もなく俺たちの前から消え去り、しばらくすると目的の家から出てきてこちらに向かって合図した。


「速いわね……」

「ツェルは本来、護衛じゃなくてああいうのが専門だからな。行くぞ」

「えぇ」


 ツェルは以前、自分は守るより攻める方が得意なのだと俺に零していた。だがツェルは特殊部隊の中でも一、ニを争うほどに優秀で、俺の護衛に抜擢された。

 俺が王宮に閉じこもってる普通の王子だったら早々にボイコットしてたって言ってたからな……。


 俺たちはツェルのように誰にも気づかれずに移動することなんて出来ないので、通行人に目撃されても大丈夫なようにごく自然に歩いていく。


 目的の家まで着くと、ツェルが何やらクローゼットの中をいじっていた。


「何してるんだ?」

「仕掛けを解いてるんですよ。いくら何でも地下の入り口が剥き出しになってるわけないですからね。ほら、出来ました」


 ツェルがそう言った直後、ガタンという音がしてクローゼットの床が抜けていた。

 人が一人通れるくらいの狭さの穴に梯子が付いており、そこから地下に行けるようだった。


「犯人たちもここを通ったのか? 誘拐した人を連れて入れるとは思えないけど」

「この地下道にはいくつか入り口があるんですよ。ここが一番警備薄そうなのでここにしました」


 確かに、見張りはそこに倒れている二人だけみたいだから薄いのかもしれない。


「でもなんで薄いんだよ?」

「ちょーっと仕掛けが難解なだけですよ。ほら、婚約者殿から降りてください」

「え、えぇ。わかったわ」


 クリスティーナ嬢はツェルに急かされ梯子を下りる。ツェルも意外と気が利くんだな。


 次にツェルがするりと飛び降り、俺もその後に続く。最後にニコルが下りてくると仕掛けがばたりと閉じ、光が遮断された。


「殿下、光付けてくださいよ」

「俺を松明扱いするのはお前だけだぞ」

「いいじゃないですか。松明より殿下の光の方が安定してるんですから」


 俺は溜息を吐いて光を浮かべる。真っ暗だった地下が灯りで照らされ、その様相が明らかになった。

 俺たちがいる空間から早速いくつもの道が伸びており、そこはそれほど広さが無かった。


「じゃ、行きますよ」


 俺は先程見せられた見取り図を思い出しながらツェルの後を追う。

 途中いくつもの分岐点があったが、ツェルは一度も迷う様子を見せず進んでいった。

 俺たちは特殊な訓練など何も受けていないので、足音を消すなんてことは出来なかったが、会話は一度もしなかった。


 しばらく歩いたところで、突然ツェルが立ち止まった。

 俺たちの間に緊張が走り、警戒が強くなる。


「ちょっと待っててください」


 ツェルは小声で呟くと俺たちの前から姿を消した。

 それから少しして、呻き声と人が地面に倒れた音が耳に届く。音からして、三人か。


 俺たちも、相手も、お互いの存在に気付いていたのはツェルしかいなかったのだろう。

 やはり、自分で言うだけあってツェルは人並み外れた実力を持っている。

 彼に任せておけば俺は死なないと考えているのだろう父上のことも、少しわかる気がする。


「お待たせしました。さ、行きましょ」


 何事もなかったようにツェルは俺たちの前へ現れた。これツェルがいれば俺たちいらなかった気がする。ていうか絶対足手まといだ。今のところ松明くらいしか役に立ってない。


 その後も数回出くわすことはあったが、全てツェルが危なげなく対処した。

 けど、それにしても見張りが多い気がする。ツェルはこの道が一番見張りが少ないだろうって言って選んだわけだから、他の道はもっと多いということだ。


 ただ平民の子供を誘拐するにしては、異常と呼べるほどに人数が多い。他に大勢の子供を攫っているのか、高位貴族の子供でも攫っているのか。

 組織的なものであることは間違いないが、目的は何なのだろうか。黒幕は、誰なのだろうか。


 俺たちだけで誘拐された子供たちを全員助けられるかもわからない。ツェルは衛兵にもここの見取り図を渡したと言っていたが、辿り着くのはいつになるんだろう。


 めちゃくちゃ行き当たりばったりだが、ツェルはあれでいてよく考えている……と思いたい。

 色々不安要素はあるが、俺は俺に出来ることをするだけだ。



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