第31話 紙袋な王子
私はニコルと共にジーンとメイの家に来ていた。
住宅街からは少し離れた場所で、人気の少ないところだった。
平民の家となるとアパートのような形になっているところが多いのだが、ここはそうではなく、かなり小さいが一軒家と呼べるところだった。
「そういえば、ジーンとメイの親御さんはいないのかしら?」
「お父さんは数年前に事故で亡くなったらしくて、今はお母さんが女手一つで育てているそうです。だから今日も仕事を休むことが出来ずに、メイちゃんをジーンくんに任せて行ったみたいです」
この世界では女性の就ける仕事というのはそう多くない。収入も当然少なく、女手一つで子育てをするというのはとても大変なことだ。
「……お母様の職場は分かる?」
「お聞きしていません……。衛兵さんが来たら伝えておきましょうか?」
「えぇ、なるべく早く伝えた方が良いと思うから……」
後からのことを考えれば、そうした方がいいと、私はそう思った。
私たちは玄関の戸を開き、部屋に入る。中はものが少なく、簡素な作りだった。
室内で争った形跡はあったが、激しいものではなく、圧倒的な力の差があったのだということを証明していた。
フィオーラは治癒に特化していて攻撃魔法は得意ではないし、二人の子供を庇いながらでは戦えなかったのだろう。
「ニコルは犯人を見ていないのよね?」
「はい。あ、でも少しだけ見えたんですが、顔まで覆っていたので人相は……」
「そうよね……」
それにしてもニコルが犯人に見つからなくてよかった。一緒に攫われていたか、殺されていた可能性もある。
「魔力の痕跡が残っていないか見てみるわ」
相手が魔法か魔道具を使っていればその相手の属性と魔力の量を知ることが出来る。魔力は指紋のように一人一人違うから、それを知ることが出来れば後々役に立つかもしれない。
私は魔法を発動し、魔力の痕跡を確認する。
この暖かくて優し気な光属性の魔力はフィオーラだろう。きっと、ここで治癒魔法を使ったんだ。
そして二つ、見慣れない魔力があった。風属性と土属性で、魔力量は然程多くない。
恐らくこれが犯人の魔力だろう。実行犯は二人。魔法を使う回数が最小限に抑えられているから、計画的な犯行だ。
だが人身売買のための誘拐とかにしては手が込み過ぎてる。これだけ魔法を効率よく使っているということは、何かしらの教育を受けたプロだ。
そしてこれは明らかに部屋を入念に下調べして最短で攫えるように計画されている。
ということは、フィオーラが目的な訳でもないということである。
フィオーラがここへ来たのはつい先ほど決めたことで、この部屋を下調べするような時間は無かったはずなのだから。
「ニコル、ジーンとメイはどんな子だった?」
「どんな子、ですか?」
「ほら、すっごく可愛いとか、頭が良いとか、魔力が高いとか」
「可愛かったですよ。あと、ジーンは最近受けた魔力検査で火属性に高い適性を示したとか。魔力も僕とは比べ物にならないくらいでして……はは」
自嘲気味に笑うニコルのことは放っておいて、魔力が高かったのか。
この国の国民は十歳になると必ず魔力検査を受けて、その属性と魔力を確認する。
フィオーラの場合その魔力検査を受けた数年後に男爵家に引き取られた訳だが、それはかなり特殊な例だ。
学園では能力に応じて学費を支援または免除されるため、平民の学生も多くいる。
ニコルもそこそこの魔力を持っていることを考えれば、ジーンはかなり優秀らしい。
「じゃあ魔力を欲して……? いやでも、それこそ誰が何のために?」
わからない。まだ容姿目当ての誘拐とかのがわかりやすかった。
犯人の見当もつかず悩んでいると、玄関が突然開いた。
「お邪魔しまーす」
ニコルがビクッと反応し、そちらを振り返る。
そこにはどこにでもいそうな平凡な外見の男と、紙袋を被った不審な男が立ってた。
「初めまして婚約者殿。オレは騎士団特殊部隊所属でお忍び大好きなどこかの王子の護衛をしているツェルと申します」
ツェルと名乗った平凡な外見の男を、隣の紙袋を被った男が蹴りつける。
騎士団特殊部隊……変人の集まりといわれるあそこか……。
お忍び大好きなどこかの王子というのは恐らく私の婚約者の事だな。そしてそれを知っているということは、ツェルは本当に王子の護衛なのだろう。
……いや待てよ? 私は衛兵に指示を出してほしいと頼んだだけだ。なのになんで王子の護衛がこんなところにいる?
……なんでだろう、あの紙袋の男の背格好が王子そっくりに見えるんだが。
いや、まさか、ね……。一国の王子が紙袋を被ってるなんてことは、ね…………ありそうで怖い。
「その顔は何か察していらっしゃるようですが、多分その通りですよ。こちらの紙袋は婚約者殿の婚約者です」
や、やっぱりかあぁぁっ! なんで! 王子は紙袋被ってまでこんなとこ来てんだよ!
「そ、そうですか」
「クリスティーナ嬢! これにはやむを得ない事情があってだな!」
「殿下が被りたいとおっしゃったんですよ」
「言ってない! お前が勝手に被せたんだろうが!」
まぁ、わからんこともないよ? 騎士とかと鉢合わせする可能性を考えたら顔を隠しておいた方が良いってね。でもさ、紙袋である必要はなくない?
スカーフでもハンカチでもなんでもいいから布じゃダメだったのか。
しかしツェルはそれを気にしていないのか面白がっているのか、多分後者だろうが、紙袋の代わりを渡すつもりはないらしい。
「そういえば、衛兵も後から追いついて来ますんで」
「呼んでくれたのね。ありがとう」
「婚約者殿の身分は隠せなさそうですねぇ」
「騎士が来ない限り大丈夫だと思うから、積極的に名乗るつもりはないわ」
「了解です。殿下のことはなんとお呼びすれば?」
「あ、あぁ。ライで頼む。咄嗟に反応できないと困るしな」
「えー、スーパーヒーロー紙袋マンなんてどうです?」
「長いしダサいから絶対却下」
なんか、王子も苦労してるなぁ……。流石特殊部隊。噂以上に癖が強い。
もし王妃になったら私も特殊部隊の護衛が就くのかぁ……。
すごく疲れそうだ。
「ま、紙袋の話はどーでもいいんですよ。婚約者殿、何か手掛かりはありましたか?」
「え、えぇ。犯人は魔力を扱う教育を受けていて、これは計画的な犯行のようね。目的はジーンの魔力じゃないかと思ってるわ」
「ジーンというのはこの家の子供ですか?」
「そうよ。攫われたのはこの家の子のジーンとメイ、そしてフィオーラよ」
「攫われたのはジーンとメイなのか!?」
「ご存じなのですか?」
「あぁ、何度も遊んだことがある」
やっぱり、王子はジーンとメイと面識があったようだ。彼らのことを思い出しているのか、王子はきつく唇を噛み締めていた。
「そうですねぇ……」
ツェルは呟くようにそう言うと王都の地図を取り出した。王子をからかっていた時の表情はすっかりなりを潜め、ペンを取り出してこの場所に印をつけた。
「婚約者殿は魔力の痕跡で犯人がどちらに向かったかわかりますか?」
「東側ね。すぐに痕跡が途切れているからそこからどこに向かったのかはわからないけど」
「それだけわかれば十分です」
そうするとツェルはここから東側に三か所、南側に一か所印をつけた。
「東だったらこの三つのどこかでしょう。でも痕跡をわざと消したって考えると、ここも怪しいんですよね」
「お前はなんでこんな僅かな情報でそんだけ候補を絞れるんだ」
「この王都はそこそこ治安の良い方ですから、誘拐犯が拠点に出来る場所なんて限られてるんですよ。オレはそういうの詳しいですし」
「もう王都から出た可能性は?」
「三人誘拐してるんなら絶対王都内に拠点があります。今ならまだ間に合いますね」
最終的に、私たちは南側へ向かうことになり、遅れてやってきた衛兵は東側三か所へ向かってもらうことになった。
ツェルはまだ間に合うと言っていたが、それでも心配だ。
三人が全員無事であることを祈りながら、私たちは南へ向かった。