第30話 俺の扱いが雑過ぎる
建国祭だからということで、通りには出店が立ち並んでいる。
食べ歩き出来るものを売っているお店や、アクセサリーを売っているお店。人々の財布の紐も緩んでいるのか、多くの店で行列が出来ていた。
そんな通りを特に目的もなく物色していると、突然後ろから声をかけられた。
「でーんか」
「わっ」
何の気配も感じなかったため、驚いてそこから一歩離れる。しかしそこにいた男の顔には見覚えがあり、俺は深く溜息を吐いた。
「ツェル……気配を消すなと言ってるだろ……」
「癖みたいなもんなんで我慢してくださいよ」
コントロールできるくせに。ニヤニヤと笑っているから、明らかに俺をからかっている。
この男は騎士団の特殊部隊、明け透けに言うと暗殺や偵察を行う部隊に所属しており、街での俺の護衛としてつけられている。
俺がお忍びを始めた頃からの付き合いで、クリスティーナ嬢とニコル以外で俺の素を知っている唯一の人物だ。
口止めはしている。けどどうも気紛れなところがあるから、いつバラされるかわからなくて不安だ。何年もバラされていないのでこのまま行けば大丈夫なはず……と思いたい。
口止め料は俺が光属性の魔力を込めた魔石だ。光属性の魔石は超貴重なくせに使い道は豊富で便利らしく、常に供給が不足しているんだそうだ。
この男はいつも陰から出て来ないため会うことは少なく、大きなトラブルでも起きなければ魔石を渡すときくらいにしか会わない。
だから魔石を渡す予定もなかった今日、突然俺の前に現れたということは、何か大きなトラブルが起きたということだ。
「何があった」
「流石殿下、鋭いですねぇ。ありましたよ。さっき殿下の婚約者殿の所の護衛から連絡がありました」
「クリスティーナ嬢の?」
「なんでも一緒に出掛けてたフィオーラ嬢と、たまたま会ってた街の子供二人が攫われたらしいです」
「は?」
今サラリとヤバいこと言わなかったか? フィオーラが攫われた? 子供と一緒にってあのガキ共か? そもそも、人攫いなんてどこの誰が。
「クリスティーナ嬢は無事なのか?」
「えぇピンピンしてるみたいですよ。自分から犯人探しに乗り出しちゃったらしいですし」
何してるんだクリスティーナ嬢は……。いやでも、彼女の魔法の中にこういう時に便利なやつがあったかもしれない。
彼女の属性は珍しいから、普通に衛兵が捜査するよりわかることが多いか。
「それで、クリスティーナ嬢はなんで俺にわざわざ伝えたんだ?」
彼女が何の理由もなく、俺に報告だけするようなことはしないと思う。ツェルを通して俺に伝えたということは、俺に頼み事か何かがあるはずだ。
「殿下の命令で衛兵を動かして欲しいそうです。公爵令嬢の自分にはその権限が無いからって」
「あぁ、ここは王都だからな。わかった。衛兵に捜索の指示を出そう」
「その姿じゃ直接詰め所に行くのは無理そうですねぇ。紙に書いてくれたらオレが出しに行きますよ」
「頼む」
ツェルはどこにでもいるような平民に変装しているが、身分を示すものを持っていれば大丈夫だろう。特殊部隊に誰が所属しているかは謎でも、特殊部隊が王族を陰から護衛していることは有名だ。
急ぎの書類をツェルが持って行っても不思議ではない。
「それで殿下はどうするんですか?」
「は?」
「婚約者殿を助けに行かないんですか? そういうのに首を突っ込むの好きな性格だと思ってたんですけど」
ニヤニヤと揶揄うように笑うツェルは、俺が首を突っ込むことを望んでいるようだった。
「お前ほんとに俺の護衛かよ……」
「護衛ですよ。殿下の護衛なんてオレ以外には務まりませんって」
「俺を護ろうとは思わないのか」
「殿下はオレの腕を信用してないんですか? オレがついてれば殿下が死ぬなんてことありえないので大丈夫です」
「怪我については保障なしか」
「死にさえしなければ治癒師のばあさんが治してくれますよ」
普通の護衛であれば怪我をさせた時点で良くて減俸、首になってもおかしくないし、物理的に首が飛ぶこともある。
だがこいつの場合は翌日もケロリとした顔で護衛についてそうだ。
ツェルの実力は間違いなく国でもトップクラスだろう。だからこそこの性格も大目に見られているというか、父上はそれも含めてツェルが適任だと考えている節がある。
父上も父上で変人だから仕方ないか。
「それにですね、城下町にいる間は好きにしていいと国王陛下がおっしゃってたんですよ。死にさえしなければ。あ、殿下の本性については報告してないので安心してください」
「うん、そうだよな……死にさえしなければ、な……」
俺の扱い大分雑だな。王子なのに。
それだけツェルの腕が信頼されてるってことなんだろうけど。でも過保護よりは全然マシだ。
「じゃあ、これに指令書いてサインしてください。詰め所までいきますよ」
「わかった」
俺は差し出された紙にパパッとサインしツェルの後を追う。
詰め所に到着すると、ツェルが突然振り返った。
「殿下、そのままだとバレそうですね」
「ん? あぁ、顔は変わってないからな」
衛兵ならば大丈夫だろうが、今は建国祭という非常時なので城の騎士も派遣されている可能性がある。
俺の顔を知っている者もいるかもしれない。
「そうですねぇ。じゃあこうしましょう」
ツェルはどこからともなく紙袋を取り出すと、指で二つ穴を開けた、
「えい」
「はぁ!?」
そのまますっぽりと頭に被せられ、驚きのあまり大声を出してしまった。
「ちょっと待て! これはないだろ!」
「いやぁ、案外似合ってますよ」
「お前口と鼻覆える布とか持ってたじゃん! 俺もそっちがいい!」
「あれはオレ用で予備も合わせて二枚しか持ってないんですよ」
「一枚貸してくれよ!」
「いやです」
こんな古典的なマスク誰も使わなくて逆に怪しいわ! ていうかなんで紙袋なんて持ってんだよ。だったら布持ってて欲しかった。
「ウチにはそういう格好しててもおかしくない奴いっぱいいるんで大丈夫です」
「そういう問題じゃない」
そんなふうに詰め所の前で言い合っていると、詰め所から出てきた衛兵に止められた。
「貴様ら! 騒がしいぞ! ここで何をしている!」
「……ほら怒られたじゃないですか」
「……誰のせいだよ」
声を潜めてそう言うと、衛兵に剣を突き付けられた。
「即刻立ち去れ」
「あ、あー、すんません。オレたちライモンド殿下の使いで来たんですよ」
「殿下だと? 王族の名を騙るなど、不敬罪に値するぞ」
「いやほんとですって。これ見てください」
騎士団特殊部隊の徽章を見せる。それを見た衛兵は目を見開き、ただの平民のように見えるツェルと、怪しすぎる紙袋マンな俺を交互にまじまじと見て頷いた。
「……わかった。案内しよう」
未だ半信半疑のようだが、特殊部隊は変わり者の集まりということは有名らしい。今明らかに俺を見て頷いてたけどな。
その後いろいろあったものの王子直筆であることは信じてもらえた。衛兵に捜索を要請し、俺たちは詰め所を出てクリスティーナ嬢の元へ向かうことになった。
ツェルはあんなふうに疑われるのは慣れているらしく、意外と上手に話を転がしていた。
そして当然ながら、俺が王子であるとは誰も気付かなかったのだった。