第3話 とある喫茶にて
「で、お前被っていた猫はどこへ放り投げた」
「猫どころか虎を被っていらっしゃった殿下に言われたくありませんわ」
「俺のはガキどもに取られて埋められた」
私は王子に連れられとある喫茶に来ていた。
そこで、完全に本性を曝け出したこの悪ガキ王子と向かい合っている。
「では、わたくしはニコルに取られたことにしておきましょう」
「僕を巻き込まないでください!」
隣でちゃっかりお菓子を食べていたニコルが顔を上げて涙目でそう言った。
あんだけ真っ青な顔しといてお菓子は食べるとか現金な奴め。ケーキを食べている私が言えたことではないかもしれないけども。
きっと王子がおごってくれるから問題ない。
「それにしても、すっかり騙されておりましたわ」
「それには同意する」
「こんなこと広まったら国中のご令嬢が悲しみますわね」
「……」
あ、自覚あるんだ。
「これが広まったら困るのはお互い様だろ」
「わたくしはそう困りませんわ。これは視察ですもの」
そう言えば王子は胡散臭げな目でこちらを見た。
嘘っちゃ嘘だが私の方はまだ誤魔化せる。子供と戯れて泥だらけになった王子とは違うのだ。
「とはいえ、どちらかと言えば広まるのを避けたいのは事実です。婚約者であるわたくしに累が及ぶ可能性もありますし」
「だよな」
「ですので、婚約者でいる限りばらすつもりはございません」
婚約者でいる限り、な。婚約破棄しやがったらその瞬間国中に広める。
「ならこのことは墓場まで持って行ってくれ」
「婚約を破棄なされた場合はその限りではありませんが」
「婚約破棄なんてするわけないだろ」
「どうでしょうか。人の心とはあっという間に変わってしまうものですよ」
「あ、その心配ならする必要ないぞ。もともとお前に対して恋だの愛だのは無い」
なんでだろう。私がフラれたみたいになった。
この王子にフラれるとか私のプライドが許さん。ていうか、この前まで散々砂糖吐くようなことばっか言ってたくせになんという掌返し。
「それはわたくしも同じことですので」
「大体、貴族の婚約なんてそんな感情無い方がいいだろ」
「あら、分かってらしたんですね」
「バカにしてる?」
「『政略なんて言わずとも、私は君を愛しているよ』でしたっけ?」
にやにやと笑いながらそう言えば、王子は苦々しげな顔をした。
黒歴史ですよね〜。前は無駄に似合っていたせいでそんなこと思わなかったけど、本性を知ってしまった以上そうとしか思えない。
「……あれを言ったのは俺ではない」
「ではどなたなのですか」
「俺の中にいる理想の王子」
「……医師に診てもらうことをお勧めします。頭を」
まぁ確かに王子と目の前にいる悪ガキは別人格と言われても納得できる。だがそれでいいのか王子。
「いいんだよ。人目があるところではこれからもあっちで対応するからな」
「その方が助かります」
「笑うなよ」
「時と場合によるかと」
ぶっちゃけ、噴く自信ある。
「話を戻しますが、このことはお互い言わないようにしましょう」
「そうだな。婚約破棄はなんとしても避けたい」
「わたくしもです。例え貴方に恋人が出来たとしても、破棄はしないでください。側室でしたら受け入れますので」
「だからそんなつもり無いってのに。お前の方は恋人はそもそも作らないようにしてくれよ。外聞とか色々面倒なことがあんだから」
それに関しては問題ない。前世今世通して人を好きになったことが無いので。
今更誰かに恋をするつもりはない。そもそも今世の同年代って私の中じゃかなり年下だから恋愛対象として見てもいいのかという不安もある。
「ところで、先日話した勉強会についてはどういたしますか?」
これも聞きたかったことだ。さっきの様子を見れば、どうやら上っ面だけで本当はめちゃくちゃ嫌なようだし。
「あんな大勢の前で宣言したんだから、やるしかないだろ」
「ですよね……」
貴族というのは面倒くさい。
ここでやらなかったらどこかから話が漏れて、私と王子が不仲とかいう噂が流れだす。
「ていうかあれって嫌味なの?」
「貴方が全く悔しそうな顔をしなかったので、当てつけです」
「正直に顔に出すなんて出来るわけないじゃん?」
「今思うとあの時の貴方は全力で悔しがっていたのだろうなと思います」
「お前も全然嬉しそうな顔しなかったし」
「それで子供たちに当たっていたのですね。良くないですよ」
「うるさい」
負けたというのににこにこしながら勉強会を喜ぶから全く気にしていないと思っていた。むしろわざと? とかも思っていた。
まさか子供たちに八つ当たりしているなんて思いもしなかった。
「そもそもお前があんなこと言わなければよかったのに」
「貴方が負けなければよかったのですよ」
「次は絶対勝つ」
「わたくしも、負けるつもりはございません」
私たちが睨みあっていると、ニコルがそーっと私の腕をつついた。
「お嬢さま、話が逸れすぎです」
「あぁ、そうだったわね」
この王子と話しているとついつい話が逸れてしまう。
なんの話をしてたっけ? あ、勉強会だ。
「勉強会の日時については、後程決めましょう」
「場所は俺ん家でいいか?」
「はい。王宮ですね」
王宮を俺ん家とか、不相応にもほどがある。
その学校帰りにちょっと寄ってけよみたいな乗りやめてほしい。王宮行くのってめっちゃ緊張するんだから。
私はケーキを最後まで食べ終え、紅茶を飲むと席を立った。
「わたくしはこれで失礼致しますので」
そう言うと、王子は伝票を差し出した。
「……なんでしょう」
「会計頼んだ」
「わたくしに払わせる気ですか?」
「俺の飲んだコーヒー分は払うが、お前とお前の従者の食ったケーキと菓子と紅茶の分は払え」
「紳士ではありませんね」
「なにを今更」
「どうせお金なら持っているんでしょう」
「血税だぞ」
「そんなことを言ったらわたくしも血税です」
数秒の睨み合いの結果、王子が折れた。
「はいはい。払いますよ」
「ありがとうございます」
これが王子と公爵令嬢という国一番の金持ちの会話なのだから、世の中よくわからないものだ。
婚約者の女性の分をおごるなんて平民でも当たり前にするというのに。
呆然とした表情で固まるニコルを引っ張って、私は店を出た。