第27話 また来てしまった
あの王子にも少しは可愛げと言うものがあったんだな、と私は思わず笑ってしまった。
乙女ゲームのメイン攻略対象と悪役令嬢だったのに、信頼していると言われたのはちょっとだけ、ほんのちょーっとだけ嬉しかったかもしれない。
私だって今は王子のことを信頼している。それはお互いに弱みがあるからとかではなくて、王子自身の人柄と王子が私を信頼しているからだ。
人柄が信頼できるからってイコール性格が良いという訳ではないということは間違えないでほしい。
でも、表情のコントロールが得意なはずの王子の耳が少しだけ赤く染まっているのを見たら、何故か頬が緩んでしまった。理由は自分でもよくわからないけど。
あまりここで長く休憩している訳にはいかない。私はともかく、王子はまだやらなければならないことが多くあるだろうし。
そう思って立ち上がろうとしたのだが、一つ気になっていたことを思い出した。
「殿下、三日目はどうなさるおつもりですの?」
喉に引っ掛かかった小骨みたいな感じで気になっていたのだ。
聞かなくてもいいかと思っていたけど、せっかく誰に聞かれる心配もないんだ。この機に聞いておく方が、何の覚悟もなく街でばったり会うよりはマシだろう。ついでにフィオーラのことも伝えておこう。
「あぁ、一応街に行くつもりだ。何事もなければだけどな。クリスティーナ嬢もか?」
「えぇ。フィオーラと共に行く予定ですので、見つからないようにせいぜい気を付けてください」
「マジか」
「まぁ、見つかったら困るのは私もですから、フィオーラの気を逸らすぐらいはしますけど。ニコルが」
「え、僕もです?」
これで王子が街行くの断念してくれたら一番楽なんだけどなぁ。絶対それはないだろうなぁ。
街で遊ぶのが楽しいのは私もよく知ってるし。私だって絶対行くのやめたくないし。
「お嬢さまお嬢さま。僕そういうのとても苦手なんですけど。先輩に嘘ついたり騙したりするのがめちゃくちゃ下手くそって言われました」
「思っていることが全部顔に出るものね。素直なのは長所でもあるわよ。でもニコル、貴方下手って言われないことの方が少ないんじゃない?」
「空気を緩めることに関しては天才的だと言われました」
「褒められてるのか貶されてるのかいまいちわからないわね」
まぁ多分どっちもかな。ニコルが空気を読むというスキルを身に着けたら、かなり有効になると思うんだけど。……うん、先は長いな。
「クリスティーナ嬢、いつも思うんだが、君の侍従のそれは天然なのか?」
「天然です」
「そうなのか」
多分ニコルはどこまで行ってもニコルだと思う。金太郎飴的な。
ニコルのせいでかなり話が逸れたが、王子に伝えたいことは伝えた。後はなるべく王子と遭遇しないことを祈るだけだ。
「それでは殿下、会場に戻りましょうか」
「そうだな。まだやること残ってるし……」
王子は見るからにげんなりしている。貴族って言葉飾りまくる上に過剰に世辞を言いまくるから話長いんだよな。まぁ、頑張ってくれ。
ニコルは会場に入る許可はもらえていないため別室で待機だ。
屋敷で留守番だった去年に比べれば進歩した方だろう。
そして私は、王子に手を引かれて重い空気の渦巻く会場へと戻ったのだった。
*
一日目、二日目と建国祭は順調に進み、ようやく待ちに待った三日目がやって来た。
昼過ぎ頃、私はいつぞやの商家のお嬢さん風の服装に着替え、平民服を着たニコルと共にフィオーラとの待ち合わせ場所に向かった。
貴族たちの屋敷が立ち並ぶ区域から少し離れた場所、待ち合わせの時間より少し早めに来たつもりだったが、フィオーラはもう既にそこに着いて待っていた。
近づくと私たちに気付いたフィオーラが、満面の笑みで手を振った。
「クリスティーナ様!」
「ごめんなさいフィオーラ。待たせてしまったかしら?」
「いえ全然全く待ってません! 私が楽しみで早く来過ぎてしまっただけです!」
ぶんぶん首を振って否定され、私は思わず苦笑する。あんまり乗り気じゃないようだったらどうしようと思っていたが、そうではないようで安心した。
「おすすめのお店とかってあるかしら? 私はあまり詳しくないの」
ニコルがあからさまに「えっ」って顔をしたけど気にしない。私は、公爵令嬢なのである。
「そうですね。あっちに美味しいお店があるんですけど……あ、でもクリスティーナ様のお口に合うかどうかは……」
「気になさらないで。こう見えても私、露店の食べ物も好きなのよ?」
むしろ王宮の食べ物よりも好きだから是非案内してほしい。
心の中でそう思っていると、フィオーラの表情が和らいだ。
「それなら、あっちに行きましょう! 一押しのお店があるんです」
私はそう言ったフィオーラの後を追った。
フィオーラと共に歩いているとやっぱり視線が集まるな。一人でもそれなりに集まるんだけど、二人だと更に多い。
やっぱり顔が目立つんだろう。乙女ゲームの主要キャラだから仕方ない。
そんな視線を無視しながら歩いていると、だんだん見たことのある街並みの所にやって来た。
あちゃー……早速マズいことになった。ここは王子と街で出会った近くの区域だ。そして多分、王子が街に下りる時の拠点にしている場所。
だが今更行きたくないなどと言える訳ない。私はニコルを引き寄せて小声で囁いた。
「この辺に殿下がいるかもしれないから、注意していてね。もし見かけたら教えてちょうだい」
「わかりました」
こういう時スマホがあると便利なのに。ガラケーでもいいから欲しいな。
そんなことを考えながら辿り着いたお店は、これまた見覚えのある露店だった。
「クリスティーナ様、ここの店主さんはちょっとだけ個性的な方なんですけど、悪い人ではありませんので」
そう、あの時のやたら美味しいくせにやたら呪いをかけようとしてくるあの店だ。
今日も今日とて行列が出来ている。建国祭だからか前に来た時よりも列が長い。けどまぁ、美味しいことは知っているし、と列に並ぼうとしたのだが、例によって店主に引き留められた。
「そこの嬢ちゃーん! こっち来いこっち」
「……私たちのことかしら?」
「えっと……多分そうですね」
既視感。前にもあったこんなこと。
店主が「呪うぞー」とか言いながら手招きしているので、私たちは仕方なく列の先頭へ向かう。
この店主の性格がこんなだってことはみんな知っているらしい。先頭にいたおばちゃんは苦笑いしながら私たちに譲ってくれた。
「んー? 嬢ちゃんたち前にも来たことあんだろ?」
「覚えてらっしゃるんですか?」
「覚えといたほうがよさそうだなーって思ったヤツは覚えてるから」
謎の第六感とか持ってるのかな。
完全に偏見だが、何度会っても人の名前を覚えられないタイプの人だと思っていた。
店主は喋りながらも素早く手を動かしている。あっという間に三人分が完成し、私たちに向かって差し出した。
「ほい、建国祭スペシャルバージョン」
「ありがとうございます」
私はそれを受け取り、三人分のお金を払った。フィオーラは自分で払うと言ったが、ここで払わせるわけにはいかないだろう。あ、私のポケットマネーだから親の金じゃないよ。
そしてやっぱり美味しかった。前の時よりお肉が増えている気がした。建国祭スペシャルバージョンだからだろうか。
フィオーラとニコルも美味しかったらしく、そっくりの表情で目を輝かせていた。
その表情はやっぱり可愛くて、私はまた来ようと密かに決心したのだった。