第25話 考えが読めません
エトガル殿下が立ち去り、私はほっと息を吐いた。
彼は悪役だ。私と同じ。
ただ彼の場合は攻略対象でもあるのだが。彼はだいたいどのルートに進んでもヒロインを自国へ連れ去ってしまう。
しかもそれが誘拐などではなく正攻法だというのだから余計にタチが悪い。
詳しい話は覚えていないが、家の事情が複雑らしく、光属性で治癒魔法の使えるヒロインを利用しようとするのだ。
妹は、最初は彼が悪役だとは思わなかったらしい。判明した時にすごく驚いていた。
だから現実の彼がいくら素直に見えようとも疑念を晴らすことは出来ない。
ゲームと少々ずれが生じているこの世界で彼がどう動くのか、私には全くわからなかった。
一通りの挨拶を終えた為一旦王子と別れる。私はご令嬢やご婦人たちとの交流があるし、王子は王子でやることがあるからだ。
他国の方もいることだし、情報収集に勤しもうではないか。
今一番気になるのはシャウエルテ王国の情勢だ。どうやらシャウエルテ王国の王家の問題は隠されているらしく、あまり情報が入って来ない。
ご婦人たちが簡単に漏らすとは思っていないが、無いよりはマシだろう。
私はシャウエルテ王国のご令嬢が交じっているグループを見つけ、ゆったりとそちらへ向かう。
公爵令嬢としての笑みを作り、私は彼女たちに声をかけた。
「ごきげんよう」
「まぁ、クリスティーナ様。ごきげんよう」
皆さん笑顔で迎えてくれる。王子の婚約者の公爵令嬢ともなればハブられる心配はゼロである。
飾り立てられた言葉によって緩やかに会話が進んでいく。
しかし女の子が恋バナ好きなのは次元を超えても変わらないらしい。婚約者が浮気しただとか愛人作っただとか、あの人がかっこいいとかあの人は将来有望だとか、共感できることの少ない私はとにかく笑顔で相槌を打ち続けた。
が、とうとう私に話が振られた。
「クリスティーナ様はライモンド第一王子殿下ととても仲睦まじくて、羨ましいですわ」
「ええ、理想的ですもの」
外から見るとそう見えるのか……。
「……ありがとう存じます」
とりあえず笑顔で礼を言う。羨ましいということは褒められているということなのだろう多分。
「クリスティーナ様がお美しいのはもちろんですが、ライモンド殿下も紳士的でお優しいですわよね」
その言葉に思わず目を見開いた。
紳士的、だと……? あの王子に最も似合わない言葉である。まぁ、確かに? 表面だけ見ればそうかもしれないですけど?
試験で負けて子供に八つ当たりしてたって言ったらご令嬢たちはどんな顔をするだろうか。
「ライモンド殿下もクリスティーナ様も、国を支えていくに相応しいお方ですわ」
「そう言っていただけてありがたく思います。わたくしも、ライモンド殿下をお支えできるよう、精進してまいりますわ」
このまま猫かぶり王子への賛美を聞いていればいつか表情が崩れそうだったので、私はこの話題に終止符を打った。
「わたくし、先程シャウエルテ王国のエトガル殿下にお会いしましたの。とても聡明そうなお方でしたわ」
シャウエルテ王国のご令嬢たちの方を向いて私はそう言った。
数人のご令嬢の顔が一瞬強張ったのを私は見逃さなかった。
「エトガル殿下は非常に優秀な方だと、我がシャウエルテでは有名なことですもの」
笑顔を崩さず動揺を見せなかった令嬢が流れるように会話を繋いだ。それに周りの令嬢たちも同意していく。
ここにいるご令嬢たちはエトガル殿下と対立している派閥の者ではないのだろう。悪意的な様子は見られなかった。
だがシャウエルテ王国においてエトガル殿下が複雑な立場に置かれていることは間違いないようだ。
このご時世、国を巻き込む兄弟喧嘩など珍しくもない。親子喧嘩とか義理親子喧嘩の可能性もあるが。
うちの国の王家の皆さんは他の国の皆さんが見れば目を疑うくらいには仲が良いのでその辺は全く問題ない。
国王陛下と王妃殿下は未だに三人目生まれてもおかしくないラブラブだし、王子たちは若干のブラコンの兆しが見える。
その上この国は現在これ以上ないぐらい安定しているので、貴族が勝手に王位継承レースを始めることもない。というか失敗するのが目に見えているのでそんなもの誰も始めようと思わない。
それもこれもヒロインが平和に乙女ゲームに取り組めるようになんだろうけどね。多分。
まぁとりあえず、そこの所だけは制作会社に感謝しておこうではないか。
「シャウエルテは魔法の研究に力を入れているのですわよね」
「えぇ、そうですわ。それを主導していらっしゃるのも、エトガル殿下なのです」
国主導ではなくあくまで第二王子主導。それなのに周辺の国々ではシャウエルテがここ最近飛躍的に魔法の技術を向上させていることが知れ渡っていた。
紛れもない天才。しかしその才能が、人の手によって尽きる日は……近いのかもしれないけれど。
その後ご令嬢から色々とシャウエルテの事情を聞き出し、私はその場を離れた。
やはり令嬢同士の会話では複雑な事情が露見するような内容の話は出てこなかったが、細かなところで情報を得られたのは収穫だった。
少し風にあたると言って離れて来たので、バルコニーにでも出ようかな。
給仕からグラスを受け取り人のいないバルコニーへと足を踏み入れる。
国で最も大きな都である王都でも、現代日本の都市のように夜も明るいということはまずない。
王都を一望できるバルコニーからでも夜景を楽しむことは出来ないが、見上げれば星が爛々と輝いていた。今宵は新月だ。
「おや、クリスティーナ嬢ではありませんか?」
そんな星空をしばらく眺めていると、後ろから聞き覚えのある声がした。
せっかく人を避けてここに来たというのに、ここで彼に再会するとはなんと運のない。
「エトガル殿下、我が国の料理は楽しんでいただけましたか?」
「もちろんです。少し食べ過ぎてしまいました」
そう言ってエトガル殿下ははにかんだ。
「この国は、美しいですね」
微かに灯りが浮かぶ王都を見下ろしながら、エトガル殿下はそう呟いた。
「街並みも星空もそうですが、何より人が美しい。優れた治世のお陰なのでしょう」
「国王陛下は素晴らしいお方ですわ。わたくしも、この国が大好きなのです」
欲に負けてしまう権力者が大多数を占めるなか、国王陛下も王妃殿下もいつも国のこと、民のことを第一に考えている。
民たちもそんな陛下たちを敬愛していて、この国を愛している。だからこの国は美しいんだ。
「クリスティーナ嬢、留学にご興味はありませんか?」
「留学、ですか?」
「我が国との交換留学です。魔法技術の共有は、互いにメリットのある事だと思うのですが」
確かに、メリットはあると思う。でも突然そんなことを提案してきた真意がわからない以上、肯定も否定も出来ない。
だって交換留学なんて、合法的にヒロインを連れ去るのにもってこいの手段じゃないか。
しかし、もし裏にそんな意図が無いとしたら、これは我が国にとってもメリットの大きい話だ。私が勝手に断っていいことじゃない。
そもそも交換留学なんていう大きな話、王族でもない私が判断できる域を超えている。エトガル殿下はどうしてこの話を私にしたんだろう。
「そう、ですわね。ライモンド殿下にお話ししておきますわ」
「クリスティーナ嬢は希少な闇属性の魔力を持っているそうではありませんか。このお話が具体化した暁には、是非クリスティーナ嬢に我が国へ来ていただきたいものです」
邪気の無い笑顔だった。裏なんて無いように見える。
しかし困った。これ頷いたら言質を取られてしまうやつだ。
私は曖昧な微笑みを浮かべたまま返す言葉を必死に模索する。
その時、突然腰が後ろに引かれ、思わずバランスを崩して一歩後ずさった。
「エトガル殿、私の見ていない所で婚約者を誑かされては困るな」
ぶつかった背中からは温もりが感じられる。振り返って見上げれば、最高にキラキラした笑顔の我が婚約者殿がいた。