第24話 やっぱり敵わないらしい
「さぁ、行こうか」
身だしなみの最終チェックを終えた俺はクリスティーナ嬢に向かって手を差し伸べる。
いつも通りの笑顔を作ることを、意識しながら。
「わかりましたわ」
クリスティーナ嬢の手が、俺の手の上に乗る。少し冷たいその手の感触が心地よかった。
いつもより少し手に力が入っていることは、クリスティーナ嬢にバレていないだろうか。
まもなく建国祭初日のパーティーが始まる。街では賑やかにお祭り騒ぎをしている頃だろう。いいな。俺もそっち行きたい。
だが俺は一応順当にいけばそのうち王位を継ぐであろう第一王子な訳でして。他国の王族までやって来るパーティーをバックレることは流石に出来ない。
特に今日は、建国祭において最も重要な日と言っても過言ではないだろう。
この日を乗り切ることが出来れば、次の日からは随分と気持ちが楽になる。
毎年のことながらこの緊張感には慣れないな。
今年はゲームが絡むことでより一層懸念事項が増えた。
あらすじしか知らないせいで曖昧だが、他国の王族に面倒なのがいた……気がする。
クリスティーナ嬢とはまた違ったタイプの悪役であり、攻略対象でもある奴だったはずだ。
クリスティーナ嬢は何故か悪役として機能していないが、その王子まで悪役ではなくなっていると思うのは希望的観測過ぎるだろう。
しかし対策しようにも他国の王族というだけでは当てはまる人物が多すぎる。
攻略対象というくらいだからある程度若い王子か王弟あたりだろうが、それでも複数人いることに変わりはない。
対策しようにもその人物がはっきりしておらず、イベントの詳細もわからないこの状況ではどうしようもない。
ゲームの期間が一年であることを考えれば、恐らく今日がゲームでの初登場になるのではないだろうか。
今日だけで絞り込めればいいが。
「緊張していらっしゃるんですか?」
凛とした声が、巡っていた思考を遮った。
「……大規模なパーティーだからね。毎年のことだが、緊張している」
少し悩んだ末、王子モードでそう返す。強がっても良いことはないと思ったからだ。
「大丈夫ですよ。きっと」
その声音には、何故か愉快気な色が交じっていた。
「演技はお得意でしょう?」
……確かにそうだけれども。自分は棚上げで俺がからかわれているのは釈然としない。
「その虎さえ剥がれなければどうとでもなりますわ」
「……そっくりそのままお返しする。うっかりその猫が剥がれることが無いようにな」
「そんなことありえませんわ。殿下と違って」
「おい……」
さらりと毒を吐くクリスティーナ嬢を呆れたように見下ろす。
透き通ったアメジストの瞳と視線が交錯した。
「緊張はとれましたか?」
その言葉に小さく目を見張る。
肩の力がすっかり抜けていることを今更ながら自覚し、笑みが零れた。
……どうやら、被り物の王子では桔梗の君には敵わないらしい。
「あぁ、君のお陰で」
「それはよかったですわ。では参りましょうか」
そうクリスティーナ嬢に促され、俺たちはゆっくりと足を進める。
あの向こうは世界が違う。
だが、俺より一回りも小さな手が心強く感じる。緊張も不安も、全てこの手に取られて捨てられたようだ。
*
いくら他国から王族を呼ぶと言っても、この建国祭が我が国のものである以上、主役は我が国である。
それなりの大国である我が国において、将来王位を継ぐ可能性の高い第一王子に挨拶したい人間は山のようにいる訳で。
俺とクリスティーナ嬢はその相手に忙殺されていた。
とにかく印象を良くしておこうと媚び諂う者もいれば、思惑を抱えて駆け引きを仕掛けてくる者もいる。
俺には一つ、気がかりなことがあった。
それは未だに他国の王族が一人、俺たちの前に姿を現していないことだ。
このようなパーティーで何度か会ったことのあるやつなので見かければ分かる。
しかし会場全体に目を向けられるほどの余裕はなかったとはいえ、一度も見かけていないというのはおかしなことだ。
そもそも王族なのだから、優先的に挨拶するべき相手であるため、目が合いでもすれば即効挨拶して終わらせるのだが。
他事で忙しいのか。それとも何か狙いがあるのか……。
そんなことを考えていた、その時だった。
「やぁライモンド殿、遅くなって申し訳ない」
一体どこから現れたのか、気付けばすぐそばにソイツはいた。
西に国境を接するシャウエルテ王国の第二王子、エトガルだ。
突然現れたエトガルに驚いたものの、動揺は表に出さず向かい合った。
「お久しぶりです、エトガル殿。昨年の建国祭以来でしょうか」
「えぇ、そうですね。クリスティーナ嬢も、お久しぶりです」
「お久しぶりですわ、エトガル殿下」
心から再会を喜んでいるかのような、邪気のない笑顔だった。悪印象を抱く人間などまずいないだろう。
「やはりこちらの食事は素晴らしい。つい夢中になって、ご挨拶が遅れてしまいました」
「我が国の料理を気に入って頂けたのなら、大変喜ばしいことです」
喜びをあらわにした笑顔も、照れたような表情も、釣られそうになるほど純粋だった。
あまりにも、自然だった。
王族とか貴族は、というかそれに限らず大抵の人間は、そう大して親しくもない人間に対して本心を曝け出すことはないと思う。
誰に対しても感情そのまま素直に接する奴って言ったら、俺の知り合いだとヒロインであるフィオーラとクリスティーナ嬢の侍従のニコルか。
……意外といるな。
とりあえずそれは置いておいて、その厚さに差はあれど、大抵の人間からは心の壁のようなものを感じるものだ。
だがエトガルにはそれが無い。だからといってフィオーラやニコルと同じ人種なのかといえばそれも違う感じがする。
自分が普段から素が一ミリも見えないくらい演技しているからか、俺はそれを感じ取った。
俺は貴族社会で過ごすうちに、演技の裏からある程度は本心が感じ取れるようになっていた。
しかしエトガルは演技をしているようには見えないのに、誰よりも考えが読めない。
このなんとも言えない違和感と不気味さが、俺は苦手なんだ。
「そろそろ失礼しよう。まだ食べたい料理が残っているのです」
「まだ夜は長い。最後まで楽しんでください」
会話もそこそこに切り上げ、一時別れを告げる。
建国祭の期間中は今後も何度か会う機会はあるだろうが、あまり顔を合わせたくない。
隣にいるクリスティーナ嬢が、エトガルについてどう感じているのかは、いつも通りの穏やかな微笑みに隠されていてわからなかった。




