第23話 少しだけやる気が湧いた
スミジアーレ王立学園の入学式は、日本と同じく春にある。制作しているのが日本の会社だからか、大まかな年間行事は日本とあまり変わらない。
学校行事に限らず、キリストがいないのにハロウィンやクリスマスがあったり、ウァレンティヌスがいないのにバレンタインデーがあったりと、楽しそうな祭りはとにかく取り入れていくスタイルは実に日本らしいと思う。
それはさておき、日本の学校に沿っているということは当然ながら春夏冬に長期休みがあるわけだ。そして建国祭が行われるのは夏休みに入ってすぐのこと、七月の下旬である。
私は廊下を歩きながら軽く辺りを見回す。
もう間もなく建国祭が迫っているということはつまり、夏休みが迫っていると同義である。
そのせいか、学園全体がどこか浮足立っているように感じる。
「今年もリーヴィスに行くんですか? あそこはご飯が美味しいので僕はとても楽しみです」
浮かれているヤツ代表が頬を緩めながらそう言った。
コイツは私の付き添いであるという立場を忘れてるんじゃないだろうか。
「多分行くと思うけど、あまりはしゃぐとルイに怒られるわよ」
「はっ、そうですね! 気をつけます」
さっと表情を引き締めたニコルを横目に溜息を吐く。
これはリーヴィスで説教間違いなしだろうな。しかし、かく言う私も結構楽しみにしている。
リーヴィスというのは、王国の北の端に位置するレヴァイン公爵家の領地の中でも北にある地域で、貴族の間で避暑地として有名な場所だ。
北の端と言っても極寒という訳ではなく、食料不足に困らされるようなことはまずない。
それにこの国の北には別の国が存在しており、そこでも普通に人が暮らしている。
リーヴィスは寒すぎず暑すぎずでとても過ごしやすい地域である。
「けどその前に、建国祭があるのよね……」
リーヴィスへ行くのは楽しみだ。楽しみだが、先に建国祭を乗り越えなければならない。
「建国祭、ですか。僕にはあまり関係ないですね」
「実力不足だということを自覚しなさい」
他国の王族も集まる公の場に出すには実力が足らないという理由で、パーティーへの出席にはルイからストップがかかっているニコルは呑気にそう言った。
ニコルに限ってわざとなどということはないだろうが、羨ましいことこの上ない。
私は王子のように準備の段階から忙しいわけではないが、王子の婚約者と言う立場である以上、当然ながらパーティーに駆り出される。
ただのパーティーであればいつものことだから慣れているのだが、建国祭のパーティーは国内の有力貴族が集結し隣国の王族までもがやって来るのだ。
憂鬱になるなと言う方が無理な話である。
「ニコルもそのうち行くことになるわよ」
「僕は平民街に遊びに行くお嬢さまのお付きという仕事で忙しいので無理です」
「それは三日目だけの話でしょう」
毎年三日目、建国祭で唯一の楽しみがその日だ。
表面上は煌びやかだが陰謀渦巻く王宮と違って、街は雑然としているが住人たちはキラキラしている。
活気溢れる王都が私は大好きだ。
「あ、それなんですが、フィオーラさんをお誘いしませんか?」
「フィオーラを?」
ニコルが思いついたように言った言葉に、私は聞き返す。
「フィオーラさん、最近元気ないじゃないですか。お嬢さまのことを避けているようですし。お嬢さま、何かしたんじゃないですか?」
「……」
「図星ですね?」
ニコルにジトッと見つめられ、言葉に詰まった。
心当たりはある。避けられてるなーとも感じている。
「僕は一度しっかり話すべきだと思いますよ」
どこか力強さをも感じるニコルの澄んだ瞳から、私はそっと目を逸らす。
ああして注意したことが間違いだったとは思わないが、向き合って話す機会を作りたいとは思っていた。
しかし学園内で話しては注意したことが水の泡であるため、なかなか機会を作るに至らなかった
「そう、ね。フィオーラを誘ってみましょうか」
「はい! 僕が聞いて来ますよ!」
「お願いね」
嬉しそうに満面の笑みを浮かべたニコルに、私は思わず苦笑する。どうやら私が思っている以上に、ニコルは私とフィオーラとの距離を気にかけていたらしい。
「あ、あと王子殿下はお誘いしますか?」
「え?」
「きっと殿下も三日目は街に下りられると思うんですよ」
「……そうかもしれなけれど、フィオーラを誘うなら殿下とは無理でしょう」
「……あっ……」
子供に混ざり泥まみれになる王子の図を思い出したようだ。なんとも言えない顔をしている。
フィオーラはキラキラ王子しか知らない。わざわざその王子像をぶち壊す必要もないだろう。
とはいえ、偶然出会う可能性がない訳ではない。街は広いので可能性は低いが、前に一度遭遇した経験があるのでありえないと言い切ることが出来ないのである。
フィオーラと王子を出会わせないようにしないと。もし万が一出会ってしまったとしても全力で誤魔化さないと。
バレたところでフィオーラは面白おかしく吹聴するような子ではないが、それでも知られない方が良いことに変わりはない。
私もボロを出さないように気をつけよう。
*
「クリスティーナ様、休暇明けにお会いできるのを楽しみにしておりますわ」
「えぇ。皆さんも、お体にはお気をつけて」
夏休み前の最終日。
帰り際、ご令嬢の皆さんが次々と挨拶をしてくださる。私はそれに笑顔で返していく。
何人かは建国祭のパーティーでお会いするだろうが、そうでない方もたくさんいる。
この学園に登校日などは無いため、次に会うのは休暇が明けてから、一か月以上も先のことになるだろう。
そうして挨拶をしてくる令嬢たちが少なくなってきた頃、後ろから声がかかった。
「クリスティーナ様!」
振り返れば、ふわりと揺れる桜色の髪が目を惹いた。
少し頬を紅潮させた、フィオーラが立っていた。
呼び止めたものの何と言えばいいのかわからないのか、口を開けたり閉めたりして惑っていた。
フィオーラの意思が定まるまで、私は静かに言葉を待った。
「えっと……その、三日目、よろしくお願いします!」
ようやく発した言葉と共にフィオーラは頭を下げる。
何の、とは明言しなくともわかった。周りにはまだ生徒がいる。フィオーラはそのことを配慮したのだろう。
私は安堵の為頬が緩んでしまったことを自覚したが、それを引き締めることはせず、微笑みに変えた。
「わたくしも、楽しみにしているわ」
緊張で硬くなっていたフィオーラの表情が和らぐ。そして、花開くような笑みを見せた。
「ありがとうございます!」
早急にニコルに感謝を伝えねばならないようだ。