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第22話 あと二週間の辛抱である

 甲高い金属音がして、模擬戦用の刃の付いていない剣が宙を舞い、地に落ちて転がる。

 またか、と思わず漏れてしまいそうな溜息を押し殺して俺は苦笑した。


「また強くなっている。差は開いていく一方だよ」

「俺の仕事は殿下を守ることです。殿下より強くなければならないのは当たり前です」


 硬い表情のままそう言ったのはロベルトである。真面目過ぎるが故に出てきた言葉なのだろうが、そのセリフ、人によっては機嫌を損ねかねないぞ、と言ってやりたい。それをすれば更に硬くなりそうなのでやめておくが。


 俺は現在、騎士団の訓練場から少し離れたところでロベルトと剣術の稽古をしていた。

 本当は一人でやろうと思っていたのだが、偶然にもロベルトが騎士団の訓練場に来ていたので付き合ってもらうことにしたのだ。


 最近は時間が無い上に実力が離れすぎた為中々していなかったが、幼い頃はよく共に剣術の稽古をしていたものだ。


 俺は乙女ゲームのメイン攻略対象に転生したわけだが、それに胡坐をかいて身を守る術を身に着けないというのはあまりにも危険なことに思えた。

 乙女ゲームの世界といえど異世界は異世界。ライオンより危険そうな魔物もいるし、人間だって殺傷力の高い魔法を使う奴もいる。前世に比べれば死はかなり身近なところにあると言えるだろう。


 王族として必要だったというのもあり、俺は剣術や魔術を人並み以上になれるように努力した。そのため同年代の中であればかなり優秀な部類に入る。


 しかし、ロベルトとアーネストは別格だ。凡人が頑張ってどうにかなる域など軽々と超えている。

 元々サラブレッドであることに加え、才能の大きさにおいて歴代一族の中でもトップレベルの彼らは紛れもない天才だ。

 優秀だと言ってもあくまで凡人の域を出ない俺が、王子業の片手間で練習した程度で彼らに並ぶことなど出来はしない。


「殿下、今の時期は建国祭の準備があるのではないのですか?」

「あぁ。だけどようやくひと区切りついたからね。短い時間ではあるが、外に出ようと思ったんだ」


 未だに建国祭の準備でめちゃくちゃ忙しいが、今まで高さの変わることのなかった書類の山がさっき三分の一程度に減った。

 恐らく一時的なことで数時間後には元の高さに戻るのだろうが、それでも数十分程であれば机から離れても問題なさそうだった。

 そういうわけで、建国祭の準備が始まってから中々出来ていなかった剣術の稽古をすることにしたのだ。


「ロベルトは建国祭で警備につくのかい?」


 本来ならば建国祭の警備に学生が参加することはない。が、禁止されている訳でもなく前例はある。ロベルトは十分な実力を有しているし、本人も以前から警備に関わりたいと言っていた。


「はい。とは言っても王宮内の要所でない場所で、見習いとしてですが」


 妥当な位置だろう。戦闘面での実力だけで考えれば要所に配置されてもおかしくないが、経験が圧倒的に不足している。騎士団長は息子だろうと贔屓するつもりはないらしい。


「本当は街の警備に付きたかったのです」

「街の? なんでまた?」

「騎士には王宮や貴族街だけでなく街での経験も必要になるので」


 ロベルトは侯爵令息だ。俺のような例外を除いて高位の貴族の子は街に下りようと思うことすらしないだろう。クリスティーナ嬢が何故街に下りているのかは謎である。

 だが騎士というのは一度は必ず街の様子も見ておく必要がある。建国祭ともなれば一年で最も活気のある時だ。だからこそロベルトは建国祭での街の警備を希望したのだろう。


「騎士団長に止められたのか」

「はい。建国祭は活気があると同時に危険も増すからと。街の様子を全く知らない素人では役に立つどころか足手まといになると言われました」


 確かに、浮かれたバカによる犯罪件数は常時の比ではない。……いや、それだけじゃないか。

 建国祭ほどの活気となればそれはある意味混乱とも呼べる。その混乱に乗じて大規模な犯罪計画を起こすものもいる。頻度としては数年に一度だが、いずれも大事には至らず対処している。


 王宮でもそのような大事が起こらない訳ではないが、ほとんど行ったことのない街に比べ、普段からこうして出入りしている王宮の担当についた方が役に立つと、騎士団長は判断したのだろう。


「焦らずとも、街に下りる機会は必ず来る」

「父にもそう言われました。私のような若輩者が警備に関わらせていただけるだけでありがたいことです。王宮にて力を尽くします」

「頼んだよ」


 俺はロベルトに笑顔を向けた後、先程飛ばされた模擬剣を拾い上げた。


「私はそろそろ執務に戻らなければ。また書類が増えている頃だろうからね。付き合ってくれてありがとう」

「俺の方こそ、久しぶりに殿下のお相手が出来て嬉しく思っています」

「また時間があるときに頼むよ」


 恐らく高さを取り戻しているであろう書類の山を思い浮かべて俺はまた憂鬱になった。

 建国祭は二週間後に迫っている。


 建国祭で大変なのは準備だけではないのだ。五日間を通して行われるこの行事は、貴族たちが集まるだけでなく、隣国からも来賓が訪れる。

 特に式典も兼ねている初日は王宮でパーティーが開かれる。貴族に加え他国の王族の相手もしなければならないというこの日は、一年で最も精神的に疲れる日かもしれない。


 とは言っても出迎えも見送りも必要ない三日目は、俺は自由に動けるようになる。去年もそうしたが、その日は街に下りる予定だ。

 一か月にも及ぶ準備の成果を実感できるのはこの日だけだ。ずっと執務室に缶詰だったせいでストレスが溜まっている。ガキどもと共に存分に楽しむつもりである。


 もしかしたら、クリスティーナ嬢も街へ下りるのだろうか。

 そんな、つい数か月前までならば思いもしなかっただろうことが頭を過った。

 クリスティーナ嬢も自由になる日は俺と同じ三日目だろう。あの令嬢のことだから暇になれば街へ下りようとするかもしれない。


 だがまぁ、もし本当にそうなっても街は広い。絶対に出会うことはないと言い切ることは出来ないが、まぁ多分、会わないだろう。


 建国祭三日目だけを心の支えに、俺はまた一番上の書類に手を付けた。



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