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第20話 血迷ったかもしれない

 ようやく今日の分の書類を処理し終え窓の外を見ると、既に外は暗くなっていた。

 ふかふかの椅子に全体重を預け力を抜く。しばらくして、ふと日中のやり取りについて思い出した。


「コレ、なんなんだ」


 俺は小さな包みを取り出してそう呟く。俺以外人のいないこの部屋では、その呟きに答える者はいなかった。


 この包み、これは今日クリスティーナ嬢に渡されたものだ。彼女が直接何かを渡すというのは珍しい。

 だが中身については特に説明もなく、押し付けられたに近い。


「何が入っているのやら……」


 送り主がクリスティーナ嬢ということで、爆弾や毒物ではないだろう。イタズラである可能性は捨てきれないが。


 とりあえず中身を確かめようと、ゆっくり包みを開いていく。そこから現れたのは、俺の予想に掠りもしないものだった。


「焼き菓子……?」


 そこには二種類のパウンドケーキがひと切れずつ包まれていた。

 その意図が掴めず首を捻ったが、とりあえず触って確かめてみる。それから漂う香りも触った感覚も、普通のパウンドケーキと何ら変わりはなかった。


 どこかの有名店のものかと思ったが、それらしいロゴは入っていない。そもそも直接渡してきたというのが不可解だ。


「食べてみるか」


 毒入りの可能性はないだろう。そんなことがあればクリスティーナ嬢は一家諸共問答無用で処刑、もしくは投獄だ。


 干した果実の入った方を二本の指でつまんで口へと運ぶ。口の中に甘さが広がり、ほろほろとその形を崩す。

 確かに美味しいが、少しの違和感を感じた。


 王宮でよく出されるもの、恐らくクリスティーナ嬢も慣れ親しんでいるであろうものの味とは、若干違ったのだ。

 どちらかというと街でよく立ち寄るマーサおばさんのところの味に近い。

 これはもしかして……


「手作り、だったりするのか?」


 以前であればまずそんな考えすら浮かばなかっただろう。しかしお互いに本性を知ってしまった今となってはその可能性を除外しきれずにいる。

 人を通してではなく直接押し付けるように渡されたことも、その信憑性を高める一端を担っている。


 もしも本当に手作りだったとしたら、少しだけ嬉しい、かもしれない……俺はその後の思考を放棄した。


 どちらにせよ、何か礼はする必要があるだろう。何を用意するべきか……。

 菓子に菓子を返すというのもあまり良くないだろうし、物で返すにしても何にするか。


 少し考え、俺は首に掛けられたものを、服の内側から取り出した。

 ガキどもにもらったペンダント。喜ばれるかどうかは別として、やってみる価値はあると思う。




 *




 やってみようと決意したものの、今の俺にそんな時間があるのかと言われれば首を横に振らざるをえない。

 当然、街に下りる時間など作れるはずがないのだ。


 よって俺は本を頼りに寝る前の僅かな空き時間を利用して作業を行った。素材は王子として仕入れたもののため、それだけは一級品だ。


 なんで完成品を買わずに素人のくせに手作りしているかなんて、作っている間に自分でもわからなくなったから聞かないでほしい。


 ようやく完成したのは作ると決心してから一週間後。時間が無い日もあったとはいえ、これほど時間がかかるとは思っていなかった。


 そして今日渡すために持ってきたわけだが、俺は今になってどう渡せばいいのか悩んでいた。

 クリスティーナ嬢があの菓子をくれたのは多分余ったからとかそんな理由。でも俺の場合はわざわざ作って来たのだ。


 本当に俺、何を血迷ってこんなの作ったんだろう……? 深夜だったからか?

 やっぱりやめようか、そう思ったその瞬間、偶然にも廊下の奥からクリスティーナ嬢とニコルが歩いて来るのが見えた。


 呼び止めるかどうか。数瞬の間迷った末、俺は口を開いた。


「クリスティーナ嬢」


 いつも通り、笑顔で。そうするとクリスティーナ嬢からも笑顔が返ってくる。


「ごきげんよう、殿下。どうかなさいましたか?」


 うっと言葉に詰まったのも一瞬のこと。多分気付かれていないと思う。そんなのは王子らしくない。


「この前のお礼をと思ってね。よければ受け取ってくれないか」


 俺は自作ペンダントの入った包みを取り出す。クリスティーナ嬢はすぐになんの礼なのか思い当たったらしく、その包みを受け取った。


「ありがとうございます」

「……あぁっ、この前のパウンド、へぶっ!?」


 何か言いかけたニコルの口をクリスティーナ嬢がバシッっと抑えた。

 しかしクリスティーナ嬢はその手が別の生き物なのではないかと思えるほど綺麗な笑顔をしていた。


「ありがとうございます、殿下」


 繰り返されたその言葉に、俺はコクコクと頷いた。

 それでは、と言って去ろうとするクリスティーナ嬢を、俺は慌てて呼び止めた。


 何のためにかは自分でもわかってるんだけど、どうも言葉にし辛い。怪訝そうな顔をするクリスティーナ嬢に少し近づき、周りに聞こえないほどの音量でそっと囁いた。


「この前の、美味かった」


 クリスティーナ嬢が何か言う前に、俺は歩き出してその横を通り過ぎた。

 なんとも情けないことにクリスティーナ嬢の返事を聞くことも、表情を見ることも、出来なかったのだ。


 だから当然、その後クリスティーナ嬢の呟いた言葉なんて全く聞こえていない。


「あの王子、顔と声を自覚するべきです……!」


 彼女の耳が少し赤くなっていたことも、俺は知らない。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 短編の方を読んでいて、このお話もっと続かないかなぁと思っていたら、連載になってとっても嬉しいです。 二人の関係がどんな風になっていくのかとても楽しみです。 [一言] 完結作品を一気読みする…
[一言] 2人のやりとりが面白いです
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