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第2話 剥がれた化けの皮

 掲示板の周りには人だかりが出来ている。

 それもそのはず、今日は期末試験の結果発表なのだ。


「お嬢さま、人が多いですし僕が見てきましょうか?」

「いいえ、これは自分の目で確かめたいもの」


 試験勉強は前世と比べ物にならないくらいしている。

 どうしても勝ちたい相手がいるからだ。



 私が現れると、掲示板の前に出来ていた人だかりが割れて前へ通してくれる。

 身分が高いとこういう時助かる。


 私が見るのは一番上。そこに誰の名前が書かれているか。


「お、お嬢さま、どうでしたか……?」

「……やったわニコル」


 一番上に書かれていたのは私の名前、しかも満点。完璧だ。

 私は心の中で「っしゃおらああぁぁッ!」と叫びながらガッツポーズを決めた。

 それはあくまで心の中で、表面上は令嬢らしい微笑を湛えている。


「おめでとうございます! 僕、夕食を豪華にしていただくように頼んでおきますね!」


 表に出せない私の代わりにニコルが飛び跳ねて喜んでくれた。

 なにせ私は、初等部から続くこの争いにおける白星の数が圧倒的に少ないのだ。


「クリスティーナ様! おめでとうございます!」

「流石ですわ!」

「ありがとうございます、みなさん」


 近くで結果を確認していたご令嬢が口々にそう言った。

 私はゲームの悪役令嬢のように取り巻きは作っていないが、それなりに親しくしているご令嬢は多くいる。


 みなさんとても可愛らしいのだ。どうせなら攻略対象に生まれたかったなぁ。

 そう思いながらご令嬢たちを眺めていると、後ろから声をかけられた。


「おめでとう、クリスティーナ嬢」


 振り返るといつもと同じように微笑んでいる我が婚約者殿がいた。

 それを見たご令嬢たちは私からすすっと離れていく。

 婚約者との時間を邪魔しないようにって配慮なんだろうけど、私はこの王子よりあなたたちと話していたい。


 でもそんなこと口に出せるわけもなく、私は必死に笑顔を作って王子に返事を返した。


「ありがとうございますライモンド殿下」

「満点だなんて流石だね。私は少し間違えてしまったよ」


 殿下は眉を下げて苦笑した。


 ……もうちょっと悔しそうな顔しろよ!

 私だけこんなに喜んでるのがバカみたいじゃない! 大体間違えたって言ってもあんただって一点しか落としてないし。


 私の勝負の相手はライモンド殿下だ。まぁこの様子を見ればわかると思うが、勝負と言っても私が勝手にそう思ってるだけ。

 いつもサラリと満点やそれに近い点数を取っていくこの王子に負けたくなくて、全力で勉強しているのだ。


「今度、勉強会でも致しますか?」

「いいのかい? 君から誘ってくれるなんてとても嬉しいよ」


 嫌味に決まってるのになんで断らないんだよ! 今僅差で負けた相手にそう言われて普通に喜ぶとかおかしいでしょ!


「……いえ、たまにはそういうのもいいかもしれないと思いまして」

「もちろんだよ! その時は私が間違えた問題、教えてくれるかな?」


 教えてくれるかな? だと?

 一点しか落としてないんだからどうせ凡ミスか何かだろ! 教えるまでもなくわかってんだろ!


 ムカつく! なんでこいつこんな余裕な態度を崩さないの。

 でも遠巻きに見ているご令嬢のみなさんはキャーキャー言ってるし、これは断れない。


「……もちろんですわ」


 私は絞り出すようにそう言った。

 表に出してはいけない。あくまで微笑んで、余裕そうにしなければ。


「ありがとう。私はそろそろ行くよ。日取りについてはまた今度話そう」


 そう言って王子は掲示板の前から去っていった。

 私たちもどかなければ。私がこんなところにいたら他の生徒が遠慮して結果を確認出来なくなってしまう。


「ニコル、私たちも行くわよ」

「はい! お嬢さま!」


 まだふわふわと嬉しそうなニコルは、ハッとしたように表情を引き締めてこう言った。


「あっ、僕その勉強会の日はお休みを頂きたく思います!」

「ごめんねニコル、人手不足だから無理かもしれないわ」


 逃すものか。道連れに決まっているだろう。





「ニコル、街へ出かけましょう」

「ええー! 僕は嫌ですよ!」


 試験の結果が出た次の日、学園がお休みで他の予定もなかったので久々に空いた時間が出来た。

 街には本当にたまにしか行けないので、このチャンスを逃す訳にはいかない。


 そしてこういう時にお供をするのは平民出身であるニコルなのだ。

 でもニコルは「お嬢さまの身に何か起こったらどうするんですか!」と言って行きたがらない。

 隠れてはいるけど一応護衛が付いているのに。


「いいじゃない。そう頻繁な訳でもないのだし。もう決めたわ」

「そんなぁ……」

「ほら、支度をするわよ」


 いやいやと言うニコルをせかしながら、私は私で服の用意をする。

 どこかの商家のお嬢さんが着ていそうな服だ。それくらいにしておかないと、街娘みたいな恰好だと私の容姿に合わなさ過ぎて逆に浮く。


 しばらく待っていると平民の服を着たニコルが現れた。

 こちらはなんの違和感もなく似合っている。むしろこの部屋の内装に似合ってない。


「さあ行きましょうか」

「なるべく早く帰りますからね!」


 まだグズグズと言っているニコルを連れて私は街に下りた。




「おーいそこの嬢ちゃーん」


 街をふらふらと歩いていると、露店の店主から声をかけられた。


「なにかしら?」

「これ買ってけ」

「……え?」


 別におかしなことではない。露店の店主が客に声をかけるのは当たり前のことだ。

 でも、


「この行列を捌いてからの方がいいんじゃないの……?」

「いーのいーの。俺の勘がアンタに売っとけって言ってる」


 え、それでいいの? この露店にはかなり長い行列が出来ている。

 それを無視して私に売っていいの?


 隣のニコルもどうすればいいのかわからないのかおろおろしている。

 ここで素直に買うべきなのか、遠慮しておくべきなのかを悩んでいると、列の一番最初にいたおっちゃんが豪快に笑った。


「気にすんな嬢ちゃん! コイツの気まぐれはいつものことだからなぁ!」

「それでよくこんなに繁盛しているわね」

「コイツの性格を差し引いても買う価値があるってことよ!」


 味は信頼できるらしい。せっかくだから買ってみようかな。


「では、二ついただけますか?」

「お嬢さま、僕の分は大丈夫です!」

「遠慮しなくていいわよ」

「で、ですが」

「そーだそーだ。買わなきゃ呪うぞー」

「ひっ」


 ……。繁盛していることが驚きである。

 呪うという言葉を本気で信じているニコルは置いておいて、一周回って感心してしまった。


 そんなことを考えていると、店主は驚くほどのスピードであっという間に完成させた。


「どぞー」

「ありがとう」

「また来てくれよー」


 そう言ってさっさと次の客の分を作り始めてしまった。

 ……一体何だったんだろう?


 釈然としない思いを抱えながら、今買ったものにかぶりついた。


「あら? 美味しい」


 パンに肉や野菜を挟んだだけのもの。なのに肉や野菜の火の通し方が絶妙で、味付けに使っているソースも深みがあるためとても美味しい。


「お嬢さま、こんなに美味しいところは珍しいですよ!」

「これは当たりを引いたみたいね」


 私が引いたっていうより向こうに引かれたって感じだったけど。


「また行きましょう」

「僕あんまりあの人に会いたくないのですが……」


 それは私も同じなんだけど、この味はもう一度食べたくなる。あのおっちゃんの言った通りだ。


 この通りには気さくな人が多く、富裕層の恰好をしている私にも物怖じせずに話しかけてくれた。

 気分転換が目的だった私は大満足だ。


 これを落ち着いて食べる為にこの通りを抜けた人の少ないところに向かい。段差になっているところに二人で座った。


「食べ終わったら帰りましょうか。まだ勉強しなければならないことがあるもの」

「わかりました! 今日は結構早く帰ってくださるようで僕はとても嬉しいです!」


 露骨に喜ぶニコルに呆れていると、元気な子供の声が聞こえた。


「やばい、追いつかれる!」

「今日もお菓子かかってるんだからぜったいつかまるなよ! おれたちが最後なんだから!」


 子供たちの軽い足音がする。

 会話の内容からすると鬼ごっこでもやってるのだろうか。

 懐かしい。転生してからは一度もやってないなぁ。


「子供は元気ね」

「僕も小さい頃はああやって遊んでましたよ」

「ニコルなら今もあの中に混ざっていても違和感はないと思うわ」

「そんな……!」


 最後まで残った二人の子が鬼から逃げているようだ。

 その後ろから子供よりは重い足音が聞こえてきて、どんどん近づいてくる。


「っしゃあ! 捕まえたぁ!」

「わーっ! あとちょっとだったのに!」

「今日は俺の勝ちだな!」

「ライ兄大人げない~」

「お菓子~」

「渡すものか! これは全部俺のもんだ!」


 なんか私の知り合いの声に似てるなぁ。でもこんなところにいる訳ないから別人なんだろうなぁ。


「僕、一瞬殿下がいるのかと思ってしまいました」

「殿下がこんなところにいらっしゃる訳ないじゃない。言葉遣いも全く違うでしょう?」

「そうですよね! 殿下があんな大人げない真似をなさるとは思えませんし!」


 あの裏のありそうな王子でも流石に子供からお菓子を取り上げるような真似はしないだろう。

 声質は殿下にそっくりだ。こんなに似てる人がいるなんて、世界は広い。


「今日はライ兄の八つ当たりじゃん」

「そうだよ。なんか誰かに負けたって言ってさぁ」

「お前らにこの悔しさはわからねぇよ! 一点だぞ一点! なのにあいつはすました顔で勉強会とか言いやがってさぁ! 嫌味か! 俺がどんだけ死ぬ気で勉強したか知らねぇんだろ! せめてもうちょっと嬉しそうにしろっての!」

「荒れてるね~」

「荒れてる荒れてる」

「なんの話なのか全くわかんないけどね~」

「あ゛ー、思い出したらイラついてきた!」


 ……あれー? 私にも身に覚えがあるんだけど気のせいかな?


「あ、あの、たまたまですよね? 期末試験の話ではないですよね……?」

「当たり前、じゃない」

「そう、ですよね……」


 すると突然あの大人げない人が何かに気づいたように声を上げた。


「なぁ、新入りのガキっている?」

「え、何言ってるのライ兄」

「とうとうボケた?」

「ちげーよこの歳でボケてたまるか。なんかあっちの方から知らない声がしたんだよなぁ」


 それってもしかして私たちのことでは…?


「俺、ちょっと見てくるわ」


 そう言って足音が近づいて来る。やばいやばい。いや本人ではないのだろうけど。


「ニコル、逃げるわよ!」

「はいお嬢さま!」


 ニコルと二人で急いで立ち上がる。

 まだ食べきってないけど、別の場所で食べればいいか。

 そう思って立ち上がったが、低いところに長く座っていたせいで足がもつれてしまった。


「きゃっ」

「お嬢さま!?」


 転ぶ! そう思って反射的に目を閉じた。

 だがいつまでたっても衝撃は訪れず、代わりに抱き留められた感触があった。


「大丈夫か、お嬢さ、ん……?」


 ゆっくりと目を開くと、間近に私を助けてくれた人の顔があった。

 ……そしてその顔に、酷く見覚えがあった。


 平民の恰好。珍しくもない茶色の髪。

 でもこのキラキラした顔を間違えるはずもない。


「ライモン――」

「人違いだ俺はごく普通の平民ライだ」

「見間違えるはずないでしょう!? 本気で誤魔化したいならその目立つ顔をどうにかしなさいよ!?」

「生まれつきの顔をどうにか出来るわけないだろ! お前はバカか!」

「はぁ!?」


 そこまで反射的に喋ってしまったところで、お互いに気が付いた。

 さて私たちの今の恰好は?


 まず王子。ごく普通の平民の服。鬼ごっこのせいか所々泥で汚れている。しかしその上には攻略対象のイケメンの顔が乗っかっている。

 不思議なことに馴染んでなくはないが、浮いていない訳ではない。


 そして私。商家のお嬢さんのような服装。これはセーフだろう。

 でも手に持っているのは露店で買ったパン。そして恐らく頬に少々ソースが付いてる。アウト。


 私たちが固まっていると、情報を処理しきれずに混乱したニコルがブツブツと呟きだした。


「僕は何も見ていません聞いていません殿下に向かって大人げないとか言っていません」

「……言ったんだな?」

「……ニコル」

「ひえっ」


 ニコルのお陰で王子と私は少し落ち着いたが、冷静になればなるほど逆に混乱してくる。


 なに、この状況……?


 王子、普段と違い過ぎない? 口調とか態度とか。

 あの裏のありそうな微笑は一体どこへ行った。試験で負けたことを子供に八つ当たりするとか、私の中の王子像が一瞬にして崩れ去ったんだけど。


 ていうか王子にこんな設定あったの? でもこんな設定あったら平民上がりのヒロインに物珍しさで近付こうなんて思うだろうか?

 平民の子供を見慣れているのにヒロインには興味を示すとかなにその矛盾。


 それに王子の皮を被った悪ガキがメイン攻略対象ってその乙女ゲーム需要あるの?

 もっと妹の話をたくさん聞いておけばよかった。


「……あー、クリスティーナ嬢? こんなところでどうしたのかな?」

「今更笑顔作っても手遅れです殿下」

「さっきのことは忘れてもらえると嬉しいな」

「その言葉そのままお返し致します。しかしわたくしも忘れたいと思っているのですが、強烈過ぎて到底無理そうなのです」

「ブーメランだな」

「本性出したな悪ガキ王子」

「俺をガキと一緒にするな」

「むしろあの子たち以下よ」


 いつもと違い過ぎる口調と態度に、ニコルはおろおろと私と殿下を交互に見ている。

 睨みあう私たちの間に、突如高く明るい声が割り込んだ。


「遅いよライ兄!」

「お菓子ちょうだい!」

「あれ、おねえちゃんだぁれ?」


 さっき王子と鬼ごっこをしていた子たちだ。

 王子と、鬼ごっこ……。


「私はクリスというの。このお兄ちゃんのお友達よ」

「えー! ライにいこんな美人な友達いたの!?」

「おねえちゃんかわいい!」

「おじょうさまなの?」

「子供は素直でかわいいわね」

「おい……」


 薄っぺらな誉め言葉しか言えないどこかの誰かと違って。

 そう思っているのがバレたのか、王子は私を半目で見つめてきた。


 私は何か言いたげな王子の様子を無視し、王子に話しかける。


「お話したいことがあるのですが」

「奇遇だな。喫茶に案内するから、それでいいか?」

「ええ、構いません」


 私は頭がショートしているニコルの意識をどうにか戻し、移動することを伝える。

 帰るのは遅くなりそう、と言ったらニコルは涙目になった。


 王子は子供たちの頭を一度撫でてから、私が元来た方の道に向かって歩いて行く。

 でも待て。お前は大事なことを忘れている。


「お待ちください」

「なんだ」

「子供たちに、お菓子を渡さないのですか?」


 まさか本当にお菓子をあげないつもりではありませんよね?

 王子殿下ともあろうお方が子供相手に八つ当たりする訳がありませんよね?


 にっこり、イイ笑顔でそう言った私を見た王子は盛大に顔を顰め、渋々と言った様子で子供たちにお菓子を配ったのだった。



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