第19話 壊滅的すぎた
「「え」」
試験結果の張り出される掲示板の前で私と王子は固まった。
「素晴らしいですわ」
「お二方とも満点なんて」
「流石は殿下とクリスティーナ様です」
同率一位。負けてはいないが勝ってもいない。
……いつかこうなると思ってはいた。二人ともが満点を目指していればそりゃそうなる。
満点を取れたのは良かったけど、この結果はもやもやする。
顔には出していないが隣にいる王子も同じことを思っていることだろう。
周りに人がいるこの状況では言い合うことは出来ない。だからと言って会話をしない訳にはいかないので、私は無理矢理笑顔を作った。
「おめでとうございます殿下」
「ありがとう、君もおめでとう」
「ありがとうございます。今はお忙しい時期だったのではありませんか?」
「それほどでもないよ」
にっこり笑って言った王子だが、本当かどうかは怪しいな。
建国祭が近づいて来ると国中が騒がしくなりはじめる。その中心である王宮が忙しくない訳が無い。
しかしだとすると、私は万全でない王子と引き分けだったということになる。いや、もし仮に万全でなかったのが私だったとしても、二人とも満点という結末は避けられなかっただろう。
「お忙しいとは思いますが、お体にお気を付けください」
「クリスティーナ嬢も、体調には気を付けて」
それほど長話するつもりはないので、私たちはそれで掲示板の前から立ち去った。
今回の勝負は傍から見ればどちらも勝ちなのだろう。だが超忙しかった王子と普通に勉強していた私とだとなんだか負けた気分になる。
次は問題の難易度上げてもらえないかな。絶対に満点が取れないくらいに。いや、そうすると一般生徒が困るか。
でも一問くらい難しいのがあってもいいかもしれない。先生たちに相談してみよう。
*
「よかったわね、ニコル」
「はい、ギリギリでした!」
テストが終わったらと約束していたフィオーラ先生によるお菓子教室。ニコルの課題が昨日になっても終わっていなかったので、私はニコルのことを諦めていた。
だがニコルは昨日ギリギリでやりきったのだ。そして参加が決定した。
フィルも参加することになり、お目付け役としてルイも傍にいる。
「さすが公爵のお屋敷の厨房ですね! 私の家よりずっと広いです!」
フィオーラは私や王子と接する機会が増えたからか、ここに来ても然程緊張していない。
珍しかったり高価だったりする器具に興味深々だ。
「それでフィオーラさん! なにを作るのでしょう?」
「ニコルくんはお菓子作りが初めてなので、パウンドケーキを作りたいと思います!」
今ニコルがフィオーラさん、と言った時ルイの目線が僅かに鋭くなった。フィオーラが帰った後説教確定だな。
「パウンドケーキはバター、砂糖、卵、薄力粉を同じ量だけ入れて混ぜれば出来るので簡単にできます」
パウンドケーキならきっとニコルでも出来るだろう。出来るはずだ。
「それだけじゃ寂しいので干した果実を入れます」
「紅茶を入れたものも作らない?」
「いいですね、やりましょう!」
そう言って私たちは材料と道具の用意を始める。この世界にはハンドミキサーなんて便利なものはないので、泡立ては手動だ。
パウンドケーキはまだマシだが、ジェノワーズとかは本当に腕が痛くなる。
「ニコルくん、バターはしっかり泡立てないといけませんよ」
「わかりました!」
ニコルとフィオーラ、私とフィルに分かれて生地を作っている。フィルは手慣れた様子でバターを混ぜている最中だ。私よりも様になっている気がする。
「姉上、砂糖を少しずつ入れて頂けますか?」
「わかったわ」
フィルは全く疲れた様子を見せずに砂糖を馴染ませ、次に卵を入れてほしいと言った。私なんにもしてないんだけど、と思っていると、隣からフィオーラの大きな声が聞こえた。
「ストップですっ!」
「えっ!?」
「そんなに一気に入れたら分離してしまいます!」
どうやらニコルが卵をドバっと入れてしまったらしい。分離しても食べられないことはないが、膨らみにくかったり、食感が悪くなったりする。
「ど、どうしましょう」
「まだ大丈夫、かもしれないですが……とりあえずやってみます」
フィオーラはそう言って泡だて器を動かし始める。生地を見ながら残った卵を少しずつ加え、混ぜていく。
「あっ、成功したみたいです。よかったぁ」
「申し訳ありませんでした!」
「最初はみんな失敗してしまいますから、仕方ありませんよ」
顔を青くさせるニコルに、フィオーラは明るく笑ってそう言った。
ほっと息を吐いたニコルは再度お礼を言い、薄力粉の用意を始めた。
フィルの手元にあるボウルの中身は、乳化して綺麗な生地になっている。本当に私、なにもしてない……。
「さあ、焼きましょう!」
薄力粉と干した果実などを入れて完成した生地を型に流し込むとフィオーラはそう言った。
オーブンは魔術具のものを使っているが、それでも前世に比べて温度調節が難しい。マカロンには全敗中だ。
私程度の技量でこのオーブンを使ってマカロンを作るなど不可能だった。
しばらく話して待っていると、厨房の中に甘い香りが充満する。
涎が垂れそうになってるのバレてるからなニコル。そして多分ルイにもバレてる。
「ま、まだでしょうか?」
「一度焼き加減を確かめてみますね」
フィオーラは金属の串をこんがりと焼けたパウンドケーキに突き刺す。そこには生焼けの生地はついていなかった。
「焼けてるみたいですね」
「型から外すのは僕がやりますよ」
「ありがとうございます」
フィルはさりげなく引き受け、パウンドケーキを型から取り外した。 綺麗に焼き上がっており、表面上は問題なさそうに見える。
冷めるまで待ってから包丁を入れていく。断面に大きな気泡などはなく、均一に仕上がっていた。
「早速食べてみますか?」
「はいっ! すごくお腹が空きました」
ずっとニコルのお腹が鳴っていたことには気づいていた。私たちしかいなかったからよかったものの、他の人がいたらすぐにルイに連行されて行っただろう。
パウンドケーキは美味しくて、素人が作ったにしては上手く出来ていると思う。私、何もしてないけど……。
ニコルは三個目に手を出そうとした時にとうとうルイに連れて行かれた。
後日ニコルが一人でパウンドケーキにチャレンジしてみたところ、何を失敗したのかすらわからない謎の物体が出来上がった。
よってお菓子教室は再度開催されることになったが、何度やってもニコルは上達せず、次第にニコルがお菓子を作れるようになるためという名目は消え去った。