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第18話 この山はいつ崩れるのだろうか

 早くも中間試験の季節がやって来た。ゲーム開始から慌ただしかったから前回の期末からあっという間だった。

 いや、慌ただしかったのは前回の期末からかもしれない。


 今度こそクリスティーナ嬢から首位を奪還しなければ。あの学園の試験の難易度はかなり高く、俺たちが満点争いをするようになったのは一年の二学期からだ。


 今回も満点を目指す。一問のミスも許されない、のに。


「殿下、こちらの書類のご確認をお願い致します」


 どこかの役人がそう言って書類を差し出してきた。

 仕事は試験が近いとか関係なくやって来る。こちらの事情なんてお構いなしだ。


 しかもここ数日いつもより仕事が多い。王子業は高収入ではあるが、労働時間は明らかにブラックだ。


「わかったよ」


 けれど断る訳にはいかない。第一王子の代わりなど誰にも出来ないのだから。

 それにしても寝不足が酷い。前世だったら授業中昼寝なんて当たり前だったのに、一挙一動に注目されている今世では絶対に出来ない。


 俺の横には書類が山積みになっている。この調子では勉強を始められる頃にはすっかり月が昇っていることだろう。


「シオドア、こっちを」

「わかりました」


 シオドアの本業は執事であるというのにそこらの文官より余程仕事が速い。俺との付き合いも長いので、俺がやりやすいように動いてくれる。


「申し訳ありません……せめて試験が終わるまでは殿下に回す書類の量を調整してほしいと頼んではいるのですが……」

「仕方ないよ。この時期はどこも忙しいからね」


 二か月後に控える建国祭、それが近づくこの時期は一年で最も王宮がピリピリする時期だ。

 地方の貴族も多く集まり、他国から来賓を呼ぶこともある。


 王宮では煌びやかなパーティーが開かれ、街はお祭り騒ぎになる。経費だとか警備だとかとにかく色々忙しいのだ。


 去年の試験では殺人的な忙しさの中なんとかやりくりしながら勉強したが、クリスティーナ嬢には敗北した。

 しかしそんなものは言い訳にならない。二連続で負けるなんて許されない。


 この書類の山をなるべく早く崩さないと、そう思って次の書類に手を伸ばした瞬間、部屋にノックの音が響いた。


 ……あぁ、またか……せっかく低くなった山が一瞬にしてもとに戻るのか……。


 扉を開きたくはなかったが、今断ったところですぐにまたやって来る。


「シオドア」

「はい」


 シオドアは扉を開き外に待つ人物を迎え入れる。一体どれだけの書類を持って来られたのか、そう思って顔を上げたのだが、覚悟していた光景は目に入って来なかった。


「アダム?」


 そこに立っていたのは第二王子であり俺の弟にあたるアダムだった。

 俺たち兄弟は王侯貴族にしては仲が良い。これが乙女ゲームだからなのかはわからないが、どろどろとした争いは今のところ起こりそうにない。


「兄上、お忙しいなか申し訳ありません」

「構わないよ。何かあったのかい?」


 アダムが突然訪れるというのは珍しい。前もって予定を立てておく場合が多いため、何か問題が起きたのではないかと思った。


「いえ、大した用事ではないのです。ただ兄上がお疲れだということを聞いたので……」


 アダムは侍女から包みを受け取って、俺に向かって言った。


「焼き菓子を持ってきました。ケーキにしようかと思ったのですが、食べるのに手間取ってしまいますから」


 持って来られたのは書類ではなく焼き菓子だった。俺がケーキより焼き菓子の方が好きなことは誰にも言っていなかったのだが、流石はアダムだ。


「ありがとう。こうして書類ばかり見ていると甘いものが欲しくなるんだ」


 頭が疲れると糖分を欲するということに共感できる人は多いだろう。ちょうど疲れが溜まって来た今焼き菓子を持ってきてくれたアダムはグッドタイミングすぎる。


「それならばよかったです。お忙しいとは思いますが、お体を大事になさってください」

「もちろんだ。わざわざありがとう、アダム」

「私にもお手伝いが出来ればいいのですが、まだまだ未熟なので……」

「勉強をして一人前になったらきっと任せてもらえるよ」

「なるべく早く兄上のお力になれるようにがんばります」


 アダムはにっこりと笑ってそう言った。その言葉だけで俺は十分に嬉しい。

 部屋に訪れる者たちは皆イライラしていたり焦っていたりするから、曇りのない笑顔には癒される。


「私はこれで失礼します」

「試験が終わったら、もっとゆっくり話せる時間を作ろう」

「兄上の寝る時間が減らない程度でお願いしますね」


 少し話したあと、アダムは部屋から出て行った。建国祭が近づいて来ると難しいかもしれないが、試験が終わった直後ならまだ時間に余裕がある。

 その辺りで空き時間を作ろう。今日のお礼をしなければ。


「殿下、紅茶のご用意をしてもよろしいでしょうか」

「頼むよ」


 シオドアにそう言ってから俺は書類に目を戻す。

 これに書いてある字、汚くはないけど癖があって読みにくい。手書きの書類と睨めっこしているとPCが恋しくなる。


「どうぞ」

「ありがとう」


 俺の作業の邪魔にならないところに紅茶とアダムの持ってきた焼き菓子が置かれた。

 書類仕事をしながら食べるというのは王族としてははしたないのだろうが、そんなことに構っていられない。

 アダムも俺がそうすることを考えて焼き菓子を用意したようだし。


 焼き菓子を食べ終えた頃には、大分疲れが回復していた。


「頑張ろう」


 自分に向かってそう言ってから、次の書類に手を伸ばそうとすると、また部屋にノックの音が響いた。


 いくら疲れが回復しても、書類の山は減らないらしい。



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