第17話 次は勉強です
王子の怪我は治癒師に治してもらい既に完治しているそうだ。本当に良かった。傷なんか残したら王子ファンに殺される。
恐らく来年から校外学習は無くなると思われる。希望制で行う案も出ているみたいだけど、そもそも希望者などいないだろう。
そして校外学習から二週間が過ぎた現在、学園の様子はというと、
「こちらの解き方を教えて頂けませんか?」
「あぁ、この問題はね……」
勉強一色である。
「ありがとうございます、クリスティーナ様!」
「いいのよ。さぁ、次の問題もやってみましょう」
「はい!」
もうすぐ中間試験なのだ。結果は公表されるため順位を落とせば家の恥、そう考える生徒は多い。
私の場合は首位死守、あの王子に負けないというのが目標である。
私と王子の勝敗は五分五分。しかし王子も死ぬ気で勉強していることがわかった今は、どちらの方が死ぬ気で勉強したかで勝敗が決まる。
つまり、とにかく勉強するしかない。
そして図書館に来ていた私はそこでたまたまフィオーラに遭遇し、一緒に勉強をすることになったのだ。
フィオーラはAクラスに所属しているだけあって優秀だ。次のテストは仕方ないにしても、努力次第で卒業までに首位を取れるのではないだろうか。
「そういえば、ミランダ様に会いに行ったのですって?」
「そうなんです! とてもお優しい方でした。治癒魔術についてもたくさん教えて頂いて、今それを使うために練習中なんです!」
私もミランダ様にはお会いしたことがある。若い頃は求婚の手紙が束で来るほどに聡明で美しい方だったそうで、その美しさの面影は現在でも感じられる。
もっとも、聡明さに関しては全く衰えていないが。
「フィオーラが大怪我を治せるようになったら、わたくしは怪我の心配をしなくても大丈夫ね」
「それとこれとは別ですよ! クリスティーナ様が大怪我なさったら治癒魔術を使う前に私の心臓が止まってしまいます!」
「それは困るわね」
大真面目な顔をしてそういうフィオーラに、私は思わず笑いが零れた。王子の怪我を見ても動揺していなかったのだから、実際に私が大怪我することがあっても意外と冷静に治してくれるのではないかとは思う。
「あの、ニコルくんはいませんか?」
「ニコル? なにかあったの?」
「いえ、この前先輩に殺されそうだからお菓子の作り方を教えてください、って頼まれたんです」
そういえば先日紅茶を淹れられるようになるか、お菓子を作れるようになるか、死か、の三択を迫られていた気がする。
お菓子を作るというのは本来必須ではない技能なのだが、どう頑張っても紅茶が淹れられないニコルの為の苦肉の策だろう。
ちなみにルイはお菓子を作れる。しかもその道のプロに劣らないレベルだ。
フィオーラは以前お菓子を作って持って来てくれたことがある。そのお菓子は鬼執事が認めるくらい美味しかった。
だからニコルはフィオーラに頼み込んだのだろう。
「教える日はまだ決まってないんですけど、一応予習に使えるように私が書いたレシピを渡そうと思ったんです」
あんなアホ侍従にそこまでしてくれなくてもいいのに……! どうせ作れるようにはなるまい。
「忙しかったらわざわざ教えなくてもいいのよ」
「私はクリスティーナ様のように各方面から必要とされるような人ではありませんから。それに実は私、結構楽しみにしてるんですよ!」
そう言ってフィオーラは花が咲くように笑った。フィオーラはフィルに並んで私の中の二大天使だ。前世も含めたらもう一人増えるが。
ヒロインだなんだって警戒していたのが随分と昔に感じる。
「ニコルは今本を選んでいるわ。時々こうしてわたくしの名前を使って本を借りさせているの。ああ見えて読書が嫌いな訳ではないようだから」
ニコルはアホだがバカではない。座学は問題ないからこうして私の傍にいられるわけだが、どこか抜けているせいで全てが残念になる。
本を読むことで少しでも治らないかと思っているのだが、今のところ成果は出ていない。
「お嬢さまぁ~、やっと決まりました」
「随分と時間がかかったわね」
「迷ってたんですよ。ってあれフィオーラさん?」
「こんにちは、ニコルくん」
ご令嬢相手に「さん」とはどういうことだ。ルイに見つかったら雷が落ちること間違いなしだ。
「これレシピなんですけど、よろしければ見ておいてください」
「わぁっ、ありがとうございます!」
この二人っていつ仲良くなったんだろうか。初対面の時から何故か意気投合していたようだけど、私だけ仲間はずれなのが少し寂しい。
二人はいつ教えようかとかどこでやろうかと言って盛り上がっている。
私が微笑まし気に見ているふりをしていると、ニコルがパッとこっちを向いた。
「お嬢さまもやりますか!?」
「えっ、クリスティーナ様もお菓子作れるんですか!?」
「え、えぇ一応。けれどフィオーラほど上手には作れないわ」
そういえば二つのキラキラとした瞳から期待に満ちた眼差しを向けられた。これ断れる人いないと思う。
「わたくしもやってみようかしら」
「やったぁっ!」
「場所はわたくしの屋敷の厨房を使いましょう」
「ありがとうございます!」
ハイタッチして喜ぶ二人に私は苦笑した。もし予定が空いていそうだったらフィルも呼んでみようかな。
しかしそうするとルイが来てしまうか。でもニコルが羽目を外し過ぎないように見張っていてもらうのもいいかもしれない。
「ですが二人とも、試験が終わってからですよ。ニコルも試験はなくともルイに言われた課題はちゃんとこなすように」
「わかりました!」
「うぅ、そういえばまだ全然合格もらえてないの思い出しました……」
きっとその課題が終わらなければお菓子教室は開催出来ない。フィオーラは問題なく試験を終えるだろうから、ニコルにかかっている。
もしニコルが課題を終えられなかったら、フィオーラと二人で楽しくお菓子を作ろうかな、なんて本末転倒な気がしなくもないことを考えていた。