第16話 俺もわからない
俺の怪我のことは生徒たちには伝えず内密でということになった。来年から肝試しは廃止になるだろうが、誰かの首が飛ぶことだけは回避できるように動くつもりだ。
施設内の安全確認のため明日のイベントは全て中止になり、午前中に王都へ戻ることとなった。俺としてはそうなってよかったと思っている。
で、今は医務室にいる。治癒魔術の使い手というのは光属性持ちの中でも更に少なく、だからこそフィオーラは貴重なのだが、フィオーラはまだ未熟なため深い傷を完治させることは出来ない。
この施設に治癒魔術を使える者はおらず、王都に帰るまで普通に処置されて医務室で安静に、ということなのだが。
「どうしたのかな?」
何故か全く笑っていないクリスティーナ嬢が目の前にいる。
「人払いは済ませてありますので猫を被らなくてもよろしいですよ」
怖い。え、なんで怒ってるのか全く分からない。笑顔も怖いけど無表情はもっと怖い。
とりあえず、王子モードはオフにした方が良いのだろうということはわかる。
「お怪我は大丈夫ですか」
「はい、大丈夫です」
「痛みは?」
「こんくらい全然平気。そのうち治るだろ」
口ではそう言ってみたものの本当はめちゃくちゃ痛い。平和な日本で生きてきて転生しても王子様として安全に過ごしていた俺は、包丁で手を切る程度の怪我しかしたことないのだ。
ざっくり背中を切られて痛くない訳が無い。
だけど痛いからってそれを顔に出すことはしたくない。我ながら面倒な性格をしている自覚はあるけど仕方ない。
一人で勝手に納得していると、クリスティーナ嬢の顔がもっと怖くなった。
「……貴方のそういうところが嫌いです」
「へ?」
いきなり嫌い宣言された。ちょっと待ってクリスティーナ嬢に嫌われるのは困る。いやもう既に嫌われてるのかもしれないけどこれ以上はという意味で。婚約破棄だけは阻止したいのだ。
そういうところとはどういうところだろう、なんと返事すべき? と考えているとクリスティーナ嬢が先に口を開いた。
「痛いなら痛いと言えばいいではありませんか」
バレてるし。結構上手に隠していたつもりなのに。
というか怒ってるのってそれなの? そういえばヒロインが心配してるとかなんとか言ってたけどあれマジだったということ?
「立場上、そういう訳にもいかないだろ」
「わかっております」
「なら、」
「しかし!」
言いかけた言葉を遮られる。クリスティーナ嬢にしては珍しいことだ。
クリスティーナ嬢は少し悩んだ様子を見せ、一呼吸置いてから口を開いた。
「ここには私しかいませんよ」
……もしかして、俺の怪我を自分のせいだと思ってるんだろうか。あんなの、俺が勝手にやって勝手にミスって怪我しただけなのに。
「……痛いよ」
気付いたら口から漏れていて、一度外れた枷は元には戻らなかった。
「めっちゃくちゃ痛いよ! 死ぬかと思ったわ! ほんっとにどうしてくれんだよ!」
俺の本音を聞いたクリスティーナ嬢は、唇を噛み締めて俯いていた。
「でもさ……お前がなんも怪我してないなら、それで許せる」
不思議なものだ。あの時も人生で一番痛くて熱くて死にそうになったってのに、無傷なクリスティーナ嬢を見たらそれを忘れるくらい安心した。
今だってクリスティーナ嬢のせいで、なんて感情が一ミリも湧いてこない。
俺にも理由はわからない。
*
校外学習を行った施設から王都はそれほど離れていないため、昼頃には王都に到着した。三日も経っていないのにとても久しぶりに感じる。
「殿下、お怪我をなされたというのは本当ですか?」
王宮でシオドアにそう聞かれた。内密にとは言ってあるが、俺に近い人物には伝わっているのだろう。
「背中を少しね。でもそんなに心配しなくても大丈夫だよ」
「それでも一度治癒師に診て頂いてください」
数の少ない貴重な治癒師だが、王宮には常時一人は必ずいる。だからいつでも診てもらうことは可能だ。
「後処理が落ち着いたら、」
「今すぐ、です」
「わ、わかった」
いつも穏やかなのに今はどこか迫力がある。逆らっちゃいけないような。
ということで俺は半ば強制的に王宮の医務室へ連れていかれることとなった。一晩医務室で過ごしたというのにまた医務室。怪我なんてするものではない。
医務室に行くと、優し気なおばあちゃんが出迎えてくれた。
「まぁ殿下、あまり来て頂きたくはないのですが……」
「校外学習で怪我をしてしまってね」
「こちらに座ってください」
このおばあちゃん、ミランダが治癒師だ。もうとっくにこの世界の平均寿命を超えてるのに元気なのは治癒師だからだろうか。
「深く傷ついておられますね。あまり無茶はなさらないでください」
「すまない、これからは気を付ける」
「あら、これは……」
傷を見たミランダは驚いたように声を上げた。
「どなたかに治癒して頂いたのですか?」
「あぁ、一年生の女子生徒に」
「まだまだ未熟ですが、将来は優秀な治癒師になることでしょう」
そう言われこの傷に治癒魔法をかけてくれた桜色の髪の少女を思い浮かべた。ヒロインだからなのか将来有望らしい。
血塗れの傷を見ても動じず魔術をかけたのは元来の性格もあるだろう。
「今度その少女を連れて来て頂けませんか?」
「本人に聞いてみるよ」
「同じ治癒師として教えられることがあると思いますので」
「是非見てやってくれ」
そんな風にミランダと穏やかに会話している間に、傷は綺麗さっぱり無くなっていた。