第14話 その笑顔は嫌いです
なんとか地道に魔狼を一頭ずつ倒してはいるが、じわじわと追い詰められてきている。
元々戦闘にはまるで向いていない王子と公爵令嬢の二人組だ。そこらにいる学園の生徒よりはまだ戦えるが、本職の騎士と比べれば足元にも及ばない。
しかも、実戦はこれが初。飼いならされていない魔獣を見たのも初めてだ。
それでも冷静に対処できている王子は流石だと思う。私の場合、前世も含めた人生経験のお陰だと言っておこう。
「殿下、光属性の魔法を空へ放てますか?」
「なるほど」
恐らくもう捜索は始まっている。この真っ暗な空へ光を打ち上げれば目立つから、見つけやすくなるだろう。光属性持ちはヒロイン以外王子しかいないため必然的に王子が放ったものだとわかる。
王子は片手を上げると、見た目レーザービームのようなものを空へ撃つ。攻撃力のないやつなので、戦闘の役には立たない。
「さて、もう一つだけ手榴弾がありますが」
「さっきほどの効果はでないだろうな」
「やるだけやってみますか」
さっきは不意打ちだったからこそ何頭か吹き飛ばせたのだ。二度目となると魔狼だって学習している。
だがそれでも多少の効果は出るだろう。
「投げますので障壁を張ってください」
「お前な……」
「えい」
呆れたように言う王子を無視して魔狼の群れへ手榴弾を投げ込む。なんだかんだ文句を言いつつも王子は私も障壁の内側に入れてくれた。
轟音と爆風、それが落ち着いたと思った瞬間、私は王子に強く腕を引かれた。
「バカ! こっち!」
「わっ」
その直後、私がいた場所に牙を剥き出しにした魔狼が立っていた。
「障壁だって無敵じゃないんだぞ! 全力の魔狼に飛び掛かられたら割れちまうかもしれねぇんだ」
「申し訳ありません!」
手榴弾に集中して魔狼に気付けなかった私のミスだ。
王子は更にこちらに向かって来ようとする魔狼を魔銃で撃ち、反対方向から飛んでくる魔狼も撃った。
私も魔法を組んで魔狼に放つ。予備動作のほとんどいらない王子の魔銃が羨ましい。
「当たっても一発じゃ倒れねぇな」
「一発で急所に当ててください」
「素人に無茶言うな」
「真面目にやばいんですよ」
「んなこと俺もわかってる」
奥へ逃がしてしまうということは阻止出来ているが、どの魔狼も私たちの隙を伺っている。少しでも隙を見せたらあっという間に魔狼の餌になるだろう。
こちらから攻撃することも出来ず睨み合いが続く。私はいつ飛び掛かって来られても良いように魔法の準備をした。
「ガウッ!!!」
その吠え声が合図だった。
魔狼が一斉に私たちに飛び掛かってくる。その瞬間、王子は五重にもなる障壁を張った。しかしそれはすぐにバリバリと壊されていく。
王子は追加で障壁を張っているが、魔狼は徐々に近づいて来ていた。
「魔法は!?」
「いつでも!」
「障壁全部割れたら撃て!」
私と王子を対象外にした睡眠作用のある魔法。闇属性は他の属性に比べて物理的な攻撃手段が少ないからこれにしたけど……。
その時、王子の障壁が全て割れた。魔狼が私たちに辿り着く前に魔法を放つ。
魔法は上手く発動し、魔狼は全て倒れた……と思っていた。
「へぁっ!?」
突然背中を押され、情けない声が漏れる。そのまま地面に顔面が激突するかと思ったが、王子に抱きしめられる形で衝撃を回避した。
「王子!?」
敬称を間違えたがそんなこと気にしていられない。一体だけ、魔法が効いていない魔狼がいたのだ。
そして王子の背からは、魔狼の爪が掠ったのか血が流れていた。
――私は、庇われたのだ。
「早く立て!」
王子にそう言われ立ち上がろうとするが、獲物を仕留め損ねた魔狼がもう一度襲い掛かって来る。
今度は絶対避けられない、そう思った瞬間、聞き覚えのある高い声が響いた。
「見つけましたぁっ!!!」
直後、魔狼を氷の柱が串刺しにした。
「えっ」
突然の事態に混乱する頭を整理する。声のした方を見てみると、フィオーラとケヴィンが立っていた。しかしこの魔法は二人のものではない。
「あ~あ、殿下怪我してるじゃん」
アーネスト様だ。氷魔法が得意で、その威力は学生の域を遥かに超える。今魔狼を一撃で仕留めたところを見ればそれがよく分かる。
「ありがとう、アーネスト。幸いそれほど深い傷ではないからすぐに治るさ」
王子はいつもの笑顔でそう言った。確かに骨や内臓は無事なのだろうが、掠り傷と呼べるほど浅くはないはずだ。現に今も出血が止まっていない。
普通なら痛みで泣き叫んでもおかしくないような怪我。
二度も同じミスを犯してその怪我を負わせた私に対して王子は、
「突き飛ばしてすまなかった。怪我はない?」
キラキラとした綺麗な笑顔でそう言った。
「……ふざけんな……」
こんな時まで笑顔を作って紳士を気取る。
そんなことする暇があったら自分の怪我の心配をしろ。笑顔作って我慢するんなら泣き叫べよ。無理矢理王子を演じてたって、素を知ってる私には我慢してることがバレバレなんだよ……!
「フィオーラ」
「はいっ!」
「貴女治癒魔法が使えましたよね? 応急処置で構いませんので治して差し上げてください」
「わかりました!」
王子は驚いたように目を見開いたが知ったこっちゃない。抗議は怪我が治ってから聞く。
「アーネスト様、助けに来て頂きありがとうございます」
「殿下と君に死なれたら困るからね。それと、もうすぐロベルトと君の弟も来ると思うよ」
ロベルト様はともかくフィルまでこんなところに来ているのか。姉としてはあまり危険なことはしてほしくないんだけど……。
「姉上!」
「ほら来た」
走って来たのか少し息が乱れているフィルと、全く息の乱れていないロベルト様が現れた。
「姉上、お怪我は!?」
「わたくしは大丈夫よ。ただ殿下が……」
「殿下がお怪我を負われたのか!? 程度は!?」
「魔狼の爪で切られたのですわ。今あちらでフィオーラが治癒しています」
そう言うとロベルト様は殿下の方まで突っ走っていった。相変わらず忠犬っぽいところがある。
「姉上がご無事でよかったです……」
「心配をかけてごめんなさい」
フィルは安心したのかふっと肩の力を抜いた。
アーネスト様はと言えば私が眠らせた魔狼に止めを刺している。後始末を押し付けてしまって申し訳ない。
それが終わるとアーネスト様は私たちに声をかけた。
「そろそろ広場に戻ろうよ。殿下の傷の手当てもしなきゃいけないしさ」
なんとか機能している壊れた魔道具についても報告しなければならない。フィオーラが応急処置を終えたところで、私たちはその場から離れた。