第13話 二人とも物騒だった
本格的にヤバいことになって来た。
魔獣は魔力を持った動物の総称で、基本的に普通の動物より強く頑丈だ。たまに魔法を使ってくるやつもいたりする。
魔獣には人に友好的なものもいるが、大半は凶暴で出会ってすぐに襲い掛かって来る。
で、今そこにいる魔狼がどちらなのかと言われれば、もちろん後者である。
「グルル……」
姿を現しているのは一頭。しかし唸り声や気配から考えて五頭はいるだろう。一対一なら負けることはないが、複数いるとなると少し厳しい。
でも、まず俺がやるべきなのは魔道具の修理。それさえ終わればこれ以上の魔獣の流入を防げる。
クリスティーナ嬢が引き受けると言ったのだから、俺の作業が終わるまではそちらを任せる。
王子様ならば「女性にそんなことは……」と止めるべきなのかもしれないが、生憎俺はそこまで紳士ではない。
そんなことをして時間を無駄にするんならさっさと魔道具直してから助けに行くべきと考えるタイプだ。
普通の女の子がどう思うかは知らないが、合理主義者っぽいところのあるクリスティーナ嬢は多分俺と同じように考えているだろう。
魔狼はまだ動く様子はなく、今は様子見と言ったところだろうか。だが、いつ襲い掛かってきてもおかしくない状況だ。
「殿下、魔狼を引き留めるのに精一杯で殿下を守れないと思うので自分で障壁をはってください」
「了解」
魔狼を大勢の生徒たちが集まる広場に行かせるわけにはいかない。そうなったら確実にパニックを起こして犠牲者が増えるだろう。
……よし、残り一つだけ。
「グゥッルァッ」
そう思った瞬間、魔狼がクリスティーナ嬢の方へ襲い掛かった。
「クリスティーナ嬢!」
「わかってますわ!」
クリスティーナ嬢は魔法を使って魔狼を勢いそのままに跳ね返した。しかし、一頭跳び出したらそれを、追うように茂みから魔狼が続々と飛び出してくる。
クリスティーナ嬢は倒すことよりも逃がさないようにすることに集中していた。倒すのは俺がこれを直し終わってからということだろう。
これは魔獣を寄せ付けないという強力な効果のある魔道具なだけあって、構造が複雑だ。
魔獣を寄せ付けない結界というのは光属性の魔力を使うのが一番効果が上がるんだけど、光属性持ちの数はすごく少ない。
今学園に在籍している生徒の中でも光属性を持つのは俺とヒロインだけだ。
今現在の魔道具を作る職人の中で光属性を持っている者はゼロだ。だから、大抵こういうのは誰でも使える無属性の魔力で作られている。
その魔力を通す仕組みが全面的に壊れているため、それを一から組み上げないといけない。
てかどうやったらここまでぐっちゃぐちゃに出来るんだよ。かなり頑丈にできてるはずなのに。
俺はその仕組みを自己流で光属性特化に組み直した。威力は強力になるけど土台にかなり無理させているから、クリスティーナ嬢に言った通り半日も持たない。
「出来た!」
最後の修理が終わったことをクリスティーナ嬢に伝える。だがこれが元あった場所は魔狼の群れの中。さてどうするか。
「一瞬でよければ動きを止めます。まぁ、その後多少凶暴化するかもしれませんが……」
「それでいい、やってくれ」
「では殿下、耳を塞いでいてください」
クリスティーナ嬢が何をしようとしているのかわかった。慌てて耳を塞いだ瞬間、クリスティーナ嬢を中心にぶわっと風が吹いた。
その瞬間、魔狼たちの動きが止まる。俺が耳塞ぎ損ねてたらどうすんだって言いたかったけど、とりあえず我慢して木に向かって走る。
魔狼たちの動きを止められるのは僅か数秒の間。だがその隙にクリスティーナ嬢は一体の魔狼に止めを刺した。
俺が木に魔道具を引っかけた瞬間、魔狼たちは動き出した。
「ガルルルッ」
魔狼たちは邪魔をした張本人であるクリスティーナ嬢へ飛び掛かる。
流石にあの数は捌ききれないだろう。俺は持ってきていた武器を取り出し魔狼に向けた。
パァンッ!!
大きな銃声と共に魔狼が一体倒れた。俺が今使ったのは魔銃と呼ばれる武器だ。弾丸は自分の魔力。結構高級品なので持っているのは一部の貴族に限られる。
凄まじい威力なのだが、やっぱし反動があるから腕が痛い。けどここでやめる訳にもいかず、俺は銃を撃って牽制しながらクリスティーナ嬢の方へ近づいた。
「そんなものどこから出したんです?」
「制服の裏に隠してた」
「物騒ですわね」
「万が一に備えておくのは当たり前だろ」
他にも短剣なんかも仕込んであったりする。確かに物騒だが実際今役に立ってんだから必要だったってことだ。
「わたくしも用心はしておりますけど」
そう言ってクリスティーナ嬢はドレスの裏から何かを取り出した。
「……そっちのが物騒じゃね?」
「ただの手榴弾ですわ」
「えぇ……」
「わたくしが投げたら障壁を張ってください」
「ちょっ」
そう言ったクリスティーナ嬢は俺の返事も聞かずに手榴弾を投げた。
物凄い轟音と共に爆風が吹き荒れる。手榴弾を投げた場所に近かった魔狼が何匹か倒れた。
「あっぶねぇよ! 自分の障壁も張らねぇとか何考えてんだ!」
「殿下が張ってくれると思ってましたので」
「そういう問題じゃないだろ!」
俺が自分にしか障壁張らなかったら今頃ミンチだったかもって自覚してんのかな。
「殿下、まだいますわよ」
「一体何頭いんだ」
こんだけ倒してもまだ軽く十は越えてる気がするんだけど。普通のオオカミの群れでもこんなに多くないはず。
「これは少し……厳しいかもしれませんね」
「もう少し待てば俺たちが帰って来ないことに気付いて捜索に来るだろ」
「なるべく早く来て頂けることに期待をします」
しかしどちらにしても、今は二人でこの魔狼たちを止めないとけない。
危険とは無縁のはずの王子人生でなぜ魔狼に囲まれているのか。制作会社を小一時間ほど問い詰めたいところである。