やだこのドロイドかわいい
「ところで…」
基地の連中と一通り顔を合わせてきた、そしてどうやらそのうち何人かのカメラのメモリーカードを撃ち抜いて来たらしいレーシャが戻ってきた。
右手で握るハンドガンは、まだ銃口から硝煙の香りが漂ってきて、その顔は平静を保っているようでどこか絶対にイラついている。
やだこの娘こわい…
「ここはどこでしょう?」
「……」
「ここはどこでしょう?大事なことなので以下略」
「ああわかった、わかったから繰り返すな」
さて、今まで起こったことを整理してみる。
ひとつ、このドロイド…レーシャを拾い、荷台に放り投げて怒られ、その姿を晒しモノにした。ふたつ、基地連中に顔合わせをさせ、そしたらこの娘は正確にカメラを撃ち抜いて帰ってきた。
…あれ?初めましての決まり文句の類を一度も言ってない?
「…はて、言ってなかったか?」
「聞いてませんね」
「…言ってなかったか」
「聞いてませんよ」
「…言って」
「ませんて!聞いてませんて‼」
「悪い、面白くてつい」
「おもしろ…ひどくないですか⁉」
「ひどいか?」
「ひどいです」
「そうか」
「え?確認しただけ⁉」
あまりの愚直さに少しからかい、見てみればやはり可愛らしくこちらを見上げてくる蒼色の瞳。
レーシャはエディより、頭一つ分身長が低く、同じ人種の中では平均的な身長の方のエディの感覚では随分小柄に感じる。
小さいほうが被弾面積が少ないのかと、もう少しからかったら面白そうだと思う反面、やり過ぎると同僚のカメラの二の舞になる気がするので、やめておいた。
「…PMCエハートン、第405航空基地。この前の大規模作戦でここの政府軍から分捕った、そのいくつかの基地のうちのひとつだ。俺達は、第8航空グループ、モルフォ航空大隊の名前で通ってる」
「あぁ道理で。マップデータにないと思ったらそういうことでしたか。ついこの前にできたばかりなんですね?」
「いや、この前と言っても去年のことだぞ?」
「…え?」
「なあ、おま…レーシャ。もしウチ支給のデータ使ってるんならやめたほうがいい」
付けたばかりの名前で呼ばれ、少しだけ嬉しそうな顔をしたレーシャは、でもすぐに疑問と不安に満ちた顔で見返してくる。
「あれな、最新更新日、3年前だ」
ぽかんと、唖然とした顔をしたレーシャ。まあ、無理もない。
戦争が始まってからもう10余年。複雑に絡み合った交戦勢力のせいで、各勢力の制圧地域は日を追うごとに変わっていく。
エディの所属するPMC…民間軍事企業エハートンも、最初こそ毎日のように偵察機を飛ばしては情報収集に努め、また各実働部隊の最高総帥部としての体裁を保っていた。
が、年を追うごとにそれは崩壊し始め、今ではマップ更新のための本部付偵察機は3年間で1機たりとも飛ばず、毎年の業務開始の合図と一緒に大まかな戦略目標が送信されてくるだけ。
実はもう実体のないペーパーカンパニーになっているのではないかとは、実際に前線で戦い、自分たちで報酬と物資を得て生き延びている末端の兵士たちがいつも言っている愚痴のひとつだ。
「……それはヒドい」
「マップなら、これを使え」
そういってエディはフライトジャケットのポケットから時代遅れのメモリーチップを渡す。
戦前までは、体内で循環する有機ナノマシンによる非電波依存通信…通称ナノコンが通信手段として主流だったが、世界中でドンパチやりあっている現代で、前線の兵士が安定したナノマシン供給を受けることなどなく。
こうして骨董品級に時代遅れのハード端末でしか、情報のやり取りができない。
渡されたメモリーチップに、少し戸惑いつつもレーシャはうなじの人工皮膚に隠されていたコネクタにそれを差し込む。
やはりこういう動作でもなければ、本当に人間と見紛う再現度だと感心半分、気味悪さ半分で眺めていると、あんまりジロジロ見ないでくださいよと少し赤面したレーシャに、メモリーチップを返された。
「もう終わったのか?」
受け取りつつ、メモリーチップの中のデータ量を考えて言う。
少なくとも、基地付属のコンピュータにはデータの移動だけで丸1日は掛かった。
「舐めないでくださいね、これでも第8世代型プロセッサー積んでるんですから。そこらのAWACSよりも処理能力は断然私が上です」
と、なにやらすごく褒めてほしそうなドヤ顔で、あんまり…というか殆ど無い胸を張るレーシャはやっぱりかわいい。
コイツホントはそういうためのドロイドだったんじゃないかと、今更ながらすごく気になり、今度聞いてみるかと思い立った。
できるだけ、撃たれず、無難に、五体満足で帰れる聞き方で。
「いやぁそれにしても」
そう、エディが密かに思っている傍らで、レーシャは自分の頭の中に表示されているらしいマップを見ながら言う。
「本当に色々間違ってますねぇこの地図、…地形まで。ココ、3年前のマップだと山ということになっているんですが」
此処…第405航空基地があるのは、今は周囲を廃墟のビル群に囲まれた、盆地のような地形の中心部だ。
そして3年という、戦時としては異様に長いその空白期間は、当然ながら各勢力の優劣のみならず、その交戦地域の地形までをも大きく変えうる。
「…あったぞ、山」
「…はい?あった?」
「あったぞ、それは立て籠もるには好都合の、大都市の中心部にどっかり構えられた要塞みたいな山がな」
「えぇと、つまり?」
「ああ、吹き飛ばされた。山ごと、戦術核で」
戦争が始まるまで、核兵器というのはそれはもう十中八九タブー確定の代物であった。保有だってはばかられるし、使用などもってのほか。
だが開戦と同時の核の雨あられは、そういう倫理観を膨大な数の市民と一緒に消し飛ばしたのである。
以来、誰もが恐れる超大国からエディの居るエハートンのような1企業まで、誰もが好き勝手に核武装。
その結果が、いまも上空に広がるとてつもない厚さの雲…核の冬なのであるが。
「そんなことが…」
「ああ、レーシャ。こういうことはよくあるから、今の内に慣れておけ。耐えられなくなった奴から死ぬか壊れる。俺は壊れたお前を抱えて走る気はないぞ、重いからな、お前」
言われ、急に真っ赤になってこちらを見上げ言い返すレーシャ。かわいい。
「なっ…お、重くなんかありませんよ!私結構軽いほうですからね⁉」
「どうだか」
「て、ていうか!エディあなた最初に私のこと片腕で持ち上げてたじゃないですか!ちゃんと記録してあるんですからね⁉」
「チッ…」
「し、舌打ちした⁉なんで今舌打ちしたんです⁉」
一瞬レーシャの表情が重くなるのを感じて、あえてからかってみる。予想通りに反応してくれたレーシャに、内心少しホッとした自分に気付いて、エディは不思議と懐かしくなった。
純粋に他人に笑ってほしいと思ったのは、いつぶりだったか。
「なあ、レーシャ。お前は…」
どこから来たんだと問おうとして、しかしそれは直後のサイレンに遮られる。
この十数年で聞き慣れすぎた音。空襲警報だ。
ほとんど反射的に、基地格納庫、既に騒がしくなり始めた場所に向けて走る。
「ちょ、エディ⁉」
「空襲だ!お前はシェルターに行け!」
「エディは、あなたはどうする気ですか!」
「俺は上がる!」
「はい⁉」
呼び止める声に、しかしエディは、実戦慣れしたベテランの、戦を前に奮い立つ戦士の顔になったエドヴィン・シェーネマンは、呆けて立つレーシャに向けて言い放つ。
「俺は空に上がる。俺は…俺がこの基地のパイロットだ!」