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episode 3 「バカ」

セルフィシー王国、その王国に存在する唯一の城、その城を走り回る一人の男。


「ク、クレア様~」


大層慌てている様子の男。一国の王子であるクレアが消えたのだから当然だ。しかしその男とは違い、落ち着いた老人が現れる。


「クレイン、廊下はお静かに」

「あ、執事長!」


執事長と呼ばれた老人は、騒いでいる新人執事をなだめる。長年この王国に仕えている彼にとってクレアの脱走は日常茶飯事、驚くほどのことではなかった。新人執事から事を聞くまでもなく事態を把握する。執事長は馴れた様子でてきぱきとクレアのかられるのか)







「ぶえっくしっ!」


執事長がクレアに対して僅かながらの愚痴を洩らしたと同時期に、壮大なくしゃみが王子を襲った。


「あら、風邪?」

「んーなんか違うような……」


驚いたサラに首を傾げるクレア。それでもクレアが池に沈んでいたという事実がある以上、サラもそれを知っていて見過ごすことはできない。焚き火をしようとクレアに打診すると、クレアも喜んで腕を突き出す。





「で、何でこうなるんだぁぁ!!」


クレアのその細い腕には、似つかわしくない大きな斧が握られていた。


「働かざる者暖まるべからず」


家の外の木の下に腰掛け、お気に入りの書物に目を通すサラが横目でクレアに告げる。あいにく薪を切らしていたため、薪割りをクレアに押し付けたのだ。



「俺を誰だと思ってンだ」


斧をぎらつかせながら拳を握るクレア。


「ハイハイおーじでしょ!」


クレアの言葉に対して軽く答えるサラ。当然その言葉を信じるそぶりさえ見せてはいない。それどころかクレアの様子を見届けると家の中へと戻っていってしまう。


「じゃ、あとよろしく」

「オイ!」



サラの姿が見えなくなるとクレアは斧を放り出す。もともと飽きやすく、労働などしたことのないクレアにとって薪割りなど苦痛の他なかった。


「いや、待てよ」


全てを投げ出し、芝生に寝そべるクレアの脳裏に突如サラの顔が現れる。そして顔だけではなく、クレアを小バカにした憎たらしい声まで聞こえてきた。



(あらやだ、さすが王子様。薪割りもできないのね)



次の瞬間、クレアは起き上がり再び斧を握りしめていた。





「くそおぉぉぉぉぉぉぉ!! やってやろうじゃねーかぁぁ!!」






しばらくするとクレアの足元にはおびただしいほどの薪が積み上げられていた。激しい全身の苦痛を感じながらも、サラの幻影に打ち勝ったと言う確かな喜びがあった。その喜びを一人で噛み締められるほどクレアは大人ではない。すぐさま自分の功績を知らせるため、再びサラの家へと乗り込む。


「おーい、終わったぞ~」


しかし、そのウキウキとしたクレアの声に答えるサラの姿はそこには無かった。


「ったく。体、温まっちまったぜ」


すっかり充実してしまったクレアの体は、吸い込まれるように先程まで横になっていた布団へと沈んだ。どっと疲れたその体は直ぐにでも熟睡できそうだったが、サラと交わした言葉による興奮から、そうはならなかった。


(それにしても、友達かぁ)


焦がれていたその言葉の魅力に取り着かれるクレア。緩む口元を抑えきれない。そのクレアのニヤけを止めたのは一枚の皿だった。


「ん? 何だあの皿」


タンスの上に大切そうに保管された皿へと近づくクレア。一見何の変哲も何皿だが、幼少期から様々な宝に触れてきたクレアには、それがただ物ではないことは充分に理解できた。


「へー。なかなかの皿だな」


皿を手に取り、まじまじと見つめるクレア。しかし次の瞬間、タンスの隙間からの黒い悪魔の出現によって皿は床へと吸い込まれていった。









薄暗い部屋。サラの自室だ。サラはベッドの上で想いに更ける。サラの目線の先には父、母と共に写った写真を見つめていた。


「お母さん、私ね、友達ができたんだよ」


クレアに対して軽口を叩いていた頃とは全く違う優しい声色で、今は亡き母親に報告する。クレア同様にサラも同年代の友達は初めてだった。


「ちょっとわがままで自分勝手でバカだけど、私うまくやっていけそうなんだ」


少し照れ臭そうに話すサラ。そのサラの耳に空間を切り裂くような激しい音が入り込む。



「何!?」



慌てて自室を飛び出したサラが見たものは、呆然と立ち尽くすクレアの姿と、変わり果てた宝物の残骸だった。



「これ、アンタがやったの?」



聞いたことの無いサラの声。冷たく深く、そして痛かった。


「わ、わざとじゃねーぞ!」


とっさに言葉を放つクレアだったが、出てきたのは謝罪ではなく弁明にすらならない戯言だった。

蔑まれても仕方ない、また殴られるかもしれない、そう思いながらもクレアは言い訳を続けた。蔑まれれば、殴られればどれだけ楽だったろうか。だがサラがとった行動はクレアの望むものとはかけ離れていた。



サラは何も言わず、ただ、涙を流した。





「サ、サラ?」

「これね、お母さんの形見なの」





クレアの消え入りそうな言葉に答えるサラ。割れた破片を拾い上げる。


「違う、本当にわざとじゃ……あ、あの……俺、手が滑って……」


サラの背中を見たクレアは、罪悪感に押し潰されそうになる。自分がサラに悲しみを与えてしまったのは事実、だが、悪意があったわけではない。それだけはなんとしても分かってもらいたかった。


サラはそんなクレアの様子を見て涙をぬぐう。


「いいの、わざとじゃないもんね。気にしないで。ケガなかった?」


サラは悲しみをグッとこらえ、笑顔でクレアに語りかける。次の瞬間、思ってもみない言葉に心を裂かれるとも知らずに。






「へ、へへ! だろ!? ま、心配すんな! 俺がもっといい皿買ってやっから。だから……」






パシ!!




クレアが言葉を言い切るよりも先にサラの平手がクレアの頬を弾く。一瞬何が起きたのか理解できなかったが、頬の痛みを感じ始めると怒りがこみ上げてくる。


「何すんだ! 俺を誰だと……」

「何ですって?」


またしてもクレアの言葉をサラが遮る。その声色には優しさの欠片もない。



「今なら信じられるわ。アンタが王族だってこと。出ていって、二度と顔見せないで」



サラはクレアに背を向けて告げた。表情は確認できなかったが、想像は容易だ。きっとあの顔なのだろう、クレアがこの十数年向けられ続けてきた、あの顔なのだろう。







「けっ! あんなに怒らなくてもいいーだろ」



クレアは森を歩きながら石を蹴る。



「そりゃぁ俺もすこーしはわるかったけどさ」



本心だった。だが、それを言葉にすることは叶わなかった。



(アンタなんか絶交よ)



サラの最後の言葉が永遠とクレアの頭の中でこだまする。



「フン!」



精一杯強がり歩を進めるクレアだったが、頬をつたる涙がそれを許さない。



「あれ? 何で俺泣いてんだ?」



絶交よ


「初めてじゃねーのに」



嫌われるのには慣れていた。だが、友達に突き放されるその辛さには耐えられない。




「俺、何でこんなにバカなんだろ」




クレアは誰もいない森で悲しみに暮れた。









「はぁ」



サラは誰もいなくなった室内で皿の破片を片付けていた。クレアに対しての怒りはもちろんあるが、クレアを叩いた手のひらの痛みが思ったよりも強いことに驚く。


「ちょっとやりすぎちゃったかな」


サラにとっても友達は初めて。もちろん絶交も初めてだ。怒りが静まるにつれ、クレアに対しての行いを悔やみ始める。



(お母さん、私どうしたらいいのかな)


母の写真に問いかける。母は笑ったまま何も答えないが、サラの中で答えは決まっていた。


(わかってる。謝らなくちゃね)


クレアに対しての怒りはすっかりなくなっていた。


自分の心残り決心がついたサラに応えるようにして、家のドアからノックの音がする。クレアが戻ってきたかもしれないと扉へと急ぐサラだったが、扉の前にいた人物はサラの想像の範疇を越えた人物だった。




扉の前にいたのは、白い軍服に身を包んだ一人の若い兵士だった。上官からの命令を全うしようと、緊張した赴きで剣を握りしめ、家主の到着を待つ。



(大佐殿のご命令だ。つかま……殺さなければ)



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