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episode 1 「クレア」

「この世界には十一の国があります。その国々にはそれぞれ守り神がついていると言い伝えられており、人々の生活を見守っておられます」


 紳士風の老人がよく似合ったメガネをかけながら話している。どうやら老人の目の前の少年に説いているようだ。


「しかし、我がセルフィシー王国には守り神は居りません」


 少し悲しそうな顔をしながら語る老人。しかし、目の前の少年の顔は一つも表情を崩さない。それもそのはず、少年は老人の事などお構いなしにうたた寝を決め込んでいた。

 その少年を見た老人は更に顔を曇らせながら話を続ける。


「ですが、我が国はこうして何百年もの間発展を続けてきました。人々の笑顔を守ってきました。そしてそれはこれからも変わらないのです」


 熱く語る老人。目尻には光るものもある。

 老人は最後に言葉を付け加えようとしたが、目の前の情けない顔で寝ている少年を見て口を抑える。


「ん? あ、終わったか?」


 老人の話が終わると、少年は眠い目を擦りながら部屋を後にする。何か言いたげな老人だったが、少年には何を言っても無駄だろう。


「ぼっちゃん、次にこの国を守るのはあなた様なのですよ……」


 少年の姿が完全に見えなくなってから老人は小さく呟いた。


 

 ここはセルフィシー王国。

 十一ある国の中で唯一神の居ない土地。

 神は人々に加護を授け、人々はその力を使って国を守る。


 加護とは人の範疇を軽く越えた神の力。

 水を支配したり、火を出現させたり、傷を癒したりすることもできる。

 神を強く信仰する者ほどより強力な力を得られるとされており、国によっては巨大な宗教団体も存在する。


 しかし、ここセルフィシー王国には神が存在しない。

 国は十一あるのだが神は十人しか居らず、この国にはその内のどの神の存在も言い伝えられてはいない。 

 その事実から、神を強く信仰する者の中にはセルフィシー王国を国として認めずに蔑む者も存在する。

 そんな状態においても、この国の人々は力を取り合ってここまで生きていた。



 巨大な城の廊下を我が物顔で闊歩する少年、クレアはこの国の王子である。いずれは王位を継承し、この国を守る立場の人間となる。

 しかし、彼はお世辞にも国を任せられるような人間ではない。


「よう、何か面白いことでもやれ」


 クレアはすれ違った執事に無理難題をふっかける。突然の出来事に執事は困惑し、冷や汗を流して何故か何度も頭を下げているがクレアは容赦しない。


「つまんねー奴だな。そんな奴はうちにはいらねぇぞ」


 クレアのごみを見るような目付きにあてられ、執事は更に頭を下げる。


「も、申し訳ありません! それだけはご勘弁を……わたくしには養わなければならない家族が」

「そんなの俺には関係ねぇ。むかつく態度しやがって……」


 クレアが今にも執事に手をあげようとしていたその時、廊下の角から一人の女性が現れる。


「クレア、何をしているのですか?」

「母上!」


 女性はとても気品に満ちていた。

 クレアの母である彼女はこの国の王妃であり、クレアとは違って素晴らしい人格者だ。


「もう起きてても良いのですか? でしたら俺と話しましょう。母上とはいっぱい話したい事が!」


 クレアから先ほどのごみを見るような顔は完全に消え去っており、満面の笑みを浮かべながら母のもとへと駆け寄っていく。

 執事の存在などもう心の片隅にもありはしない。


「クレア、屋敷の者達から話は聞いております。あなたはもう少し自覚をもってもらわねば」

「はい! 肝に命じております!」


 クレアは母の言葉に一切逆らわず、気持ちの言い返事をする。王妃と久しぶりに話ができたのが嬉しくてたまらないのだ。


 クレアはいつもひとりぼっちだ。

 国王である父は多忙のためクレアと会話を交わすことは殆どない。母は病弱で床に伏せており、出歩くのはごく稀だ。屋敷の使用人達からははっきり言って嫌われており、クレアに対して好意を向けてくれるのは執事長だけだ。


「ではクレア、私は少し休みます。あなたもおとなしくしているのですよ?」

「はい!」


 母を心配させまいと一際大きな返事をするクレア。母が見えなくなるまでその背中を見つめ続ける。



 次の日の早朝。

 一人の執事見習いが、せわしなく屋敷の廊下を走り回っている。


「た、大変だ!!」


 見習いは明らかに慌てており、顔からは大量の汗が噴き出している。


「何事ですか……」


 執事長が困り顔で現れる。が、大方予想はついている。こういう場合は十中八九クレアが関わっている。


「王子が居ないんです!」


 執事長はやれやれといった様子で頭を抱え、すぐに捜索部隊に指示を出す。


「クレイン、あなたは持ち場に戻りなさい」

「は、はい。王には何とご報告を……」


見習いクレインは、ほっと胸を撫で下ろしながら執事長に尋ねる。


「くれぐれも内密に。特に王妃様の耳に入れてはなりません」

「は!」


 クレインはそそくさと去っていく。


(まったく、ぼっちゃんには困ったものです)


 執事長は痛む腰を押さえながら事態の収束にむけて動き出す。


 クレアの脱走はそう珍しい事ではなかった。

 理由は様々だが、一番大きな理由は退屈だから。ここには彼を満足させるような物も人も存在しない。もっともその原因はクレア自身にあるのだが。

 しかし、今回の脱走の理由は違った。


「驚くだろうな。じぃも母上も」


 クレアは笑みをこぼれさせながら城の近くの森を歩いていた。


 クレアの脱走の目的は母の薬を買ってくることだった。

 母は長い間病に蝕まれている。薬はいくらでも屋敷の中にあるのだが、そのどれもが症状を悪化させない程度にとどめることしか出来ない。ならば自分で効く薬を探して見せるとクレアは心に決めていた。薬の知識など当然無いが、何とかなると根拠のない自信に突き動かされながら歩を進める。


(じぃもみんなも俺が一人じゃ何も出来ないと思ってる。見せつけてやる!)


 執事たちの自分を見返す顔を思い浮かべながら歩いていると、いつの間にか険しい崖の近くまで来ていた。

 が、妄想にふけるクレアはそれに気がつく様子もない。そして当然のようにクレアの体は宙へと投げ出される。


「え?」


 そう一言呟くのがやっとだった。

 後は叫び声さえあげられぬまま、クレアの体は崖の下へと落ちていった。







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