飽き性
男がいる。彼は先天的な飽き性なのである。しかし反面何かに夢中になる速さは、常人のそれをはるかに凌いでいた。
熱し易く冷め易いという言葉は、まさにこの男の為にあるようで、スキーをしに白馬まで出かけたと思うと、雪合戦同好会の幹部になって帰り家族を驚かせたりするのは日常茶飯事だった。
あるとき、退屈でたまらない男は壁のポスターにあるロッククライミングクラブへの勧誘に目をつけた。
「よしよし、今度はトムコルーズの真似事でもしようかね。」
思い立った男の行動は早かった。家に帰るなりロッククライミングに関する用具や専門書ををずらりと買い揃え、意気揚々とポスターに書かれた住所に足を運んだ。
「やぁ どうも 今日からお世話になります。」
簡単な自己紹介を終えた男は、早速トレーナーの指示に従って壁に張り付いた。
「足をここにですか?どうやったって届かないじゃありませんか、いや 馬鹿にされちゃ気分が悪いな、よし それ。」
どうやら男のスイッチは入ってしまったようである、それから毎日通いつめ、男の技術はみるみる上達していった。
男の手は汗で滲み、四肢の筋肉は伸びきっている。オーストラリアのある断崖に、男は張り付いていた。この手を離せば真っ逆さまである。しかしこのスリルが男にはたまらなかった。次の足場へ、次の高みへ。手を伸ばした瞬間、足元の岩場がグズっという音を立てて崩れ落ちた。
家族が男の崖から落ちたのを聞いて、大急ぎでオーストラリアへ飛んできたのは男が目を覚ました後だった。男は奇跡的に命を取り留めていた。家族が病室に入るなり、彼は言った。
「聞いてくれ、俺は臨死体験をしたのだ。目の前に大きな川があって、そこにぞろぞろ人やらなんやらが列を作っていてだね、そこで俺はマ元帥を見たのさ、本当なんだって。」
「俺はどうやら臨死体験にはまってしまったようだ、なにかすぐに臨死できるようなものはないかな。ああそうだ、そこの電気ショックを貸してくれ、ああそれだ よしよし、ほれ行くぞ、ほっ!」
男は何のためらいもなく自分の胸に電気ショックを押し当て、魚のように痙攣して動かなくなった。家族は悲鳴をあげて医者を呼び、医者は必死の処置を施し、なんとか男の生きているのを示す心電図のフラット音を病室に響かせた。
しかし、彼が目覚めることは二度と無かった。