乾拭きをした朝顔
昨夜眠くなりながら書いたのに書き終わらなかったという程難航した9話です。
至らぬ事があるかもしれませんがよろしくお願いします。
「取り敢えず上がってください。」
僕は色々と聞きたいことがあったので家に上げることにした。
怪しげな人間ではあるけれども、この世界の一定の情報を貰えるのであれば安全性を賭けて勝負しても問題ないだろう。
『はい。では、お邪魔します。』
遊佐木は洗練された挙措で動く人間だった。しかし、その洗練された感じが何処かわざとらしい。
僕の座る席の向かいの席に座ってもらった。多分向かいの席なら銃でもない限りすぐには殺されないだろう。
「アイスコーヒー、麦茶、緑茶が有りますが。」
『コーヒーでお願いします。ブラックで。』
「はい。」
冷蔵庫からアイスコーヒーのパックを出してとくとくと注ぎ、テーブルに置いた。さて、どのような話を僕にしてくれるのか。
『乾 文哉君ですよね?貴方は親のことを何処まで知っているのですか?』
親のこと……。
特に知らない。
外面すらも見ようともせず包装に包みっぱなしにしていたから。醜悪を作り出した源泉など見たくもない。
憎む訳でもなくただ無関心に放置して埃を被り日に焼けていた。
「特に知りません。」
そう聴くと彼は考える仕草をする。
余りに客観的に綺麗過ぎて逆に欠落感が生まれている。それは、朝露を乾拭きした朝顔と類似していた。
自然の恩寵を無視した自然の写実は何処と無く空虚に映る。
きっと、朝顔は紫色だ。
好きな色も多分紫色なんだろう。
取り繕った冷静。
まるで自分の外面を見聞してるようで気分が良いものではない。
「全然知らないので教えて貰ってもいいですか?」
沈黙を破ったのは僕だった。
このままでは僕が何もしていないうちに山の稜線が赤くなり全ての色が消える。消えた後の備えはまだしていないのだ。ここで足踏みをしている時間は多分もう無い。
『では、長い話になるかもしれませんが事の発端から話していこうと思います。アレは五年前の事です。』
『ある山奥に小さなコミューンが有りました。そのコミューンは今の社会の冷たい紛い物から逃れたい人の集まりでした。そのちっぽけな集まりは小さいながらもその時はまだ本物だったのかも知れません。』
遊佐木は此処からが本番ですよと言うかのように一息置いて珈琲で口を湿らすともう一度語り出す。
『しかし、安寧と言うのも長くは続かない物です。空気の読めない闖入者が入ってきます。それがその土地土着の後暗い宗教です。その宗教はそのコミューンの山からの立ち退きを要求してきました。【この山は私達が信仰している山だ。】と。』
『しかし、そのちっぽけなコミューンはヤクザが後ろに沢山居そうな宗教に真っ向から対峙しました。世界に温室を作り出してそこにぬくぬくしていたせいで、外の世界を忘れていたのかも知れませんが、それはかなり勇敢なものでした。』
『でも、小さなコミューンです。当然後ろに沢山黒いものを抱えてる奴らには勝てる筈がありません。そこでコミューンの代表はコミューンのそのまた山奥にある庵の先生に解決を頼みに行きました。それが貴方のお父さん乾読司です。』
初耳だった。
山の庵に住むような人間だとは思いもしなかった。でも聴いてみると納得する。彼は孤独を求めている部分が確かにあったと思う。手渡されたパッケージには多分それが書いてあったのかも知れない。
「僕の父親は何をしたんでしょうか?」
話を塞き止めるつもりは全く無かったが、勝手に口を啄いて出た。
余りにも外装と乖離していたから。
後ろくらい連中と真っ向から向かって行ける人では無いと思っていたから。
結局外装を描いた醜悪な塗り絵は正鵠を射ることはないんだな。結局これで聴いたとしてもそれは変わらないのだろうが。
『それが分かってないのです。』
『自分が分かっているのはそのあとコミューンが分裂し、一度収まった騒乱は今もなお続いているということです。まるで観応の擾乱のように。』
『ご子息ならひょっとしたら知っているのかもしれないと思って来たのですが。すみません。いきなり押しかけて貴方に関係無いことをペラペラと喋ってしまいました。』
関係ない?
いやそんな事はない。
もう聴いてしまった以上、僕も当事者になってしまった。この奇妙な事象。新しい世界。どれもこれも僕の死んでいると思っていたこの手の好奇心を煽る。これを知らずにいるのは多分間違いだ。
「この件、僕も調べます。資料を僕にも下さい。」
この僕の発言がまるで予想通りだったかのように彼は頷いてその纏まったメモ付き-割と崩れた字を書く人だった-を寄越してきた。
朝顔:ヒルガオ科の朝のみ開く花。朝顔の花言葉は愛情等だが、紫の朝顔として見るとそれは『冷静』を意味する。
ヒルガオに属する自分が主体じゃない植物と取ることも出来る。




