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ソラのイロ  作者: 亜房
山と集落 【緑青】
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文哉:花が咲かなくとも

 アルカロイドの根を持つ花に、突然背骨が抜かれて、動くのを諦めて日向ぼっこをしていたら、再度彼岸花の花畑に足を踏み入れていた。どちらにしろ毒性持ちとは何たる皮肉か。ゆっくりした終わりを待つ停滞の苦味か彼女らの武装による血なまぐさく速やかな辛味か。警邏隊の一挙手一投足が危険そうに見えるのは、武装のせいだけではきっと無いだろう。こちらにも二丁の銃があり、いつでも蜂の巣にされる可能性があるというのに、旧日本軍の特攻隊のように、陶酔した目で垂氷を見つめ、ジリジリと寄ってきている。その素面の狂気が酷く恐ろしいのだ。遊佐木は、それを見て先程の頬の緩みが嘘だったかのように、不快そうに顔を歪めている。辺りには、一触即発の死の匂いが充溢じゅういつしている。十二分にもう待ったはずだ。いい加減反撃の意思を見せなければならないか、と銃に手を取ろうとすると、垂氷の腕に遮られた。思わず顔を見る。垂氷の目は明確に大丈夫と言っていた。


睡季スイキもう良いよ。』


『で、ですが!!このままでは!』


スイキと呼ばれた彼女は余程想定を裏切られたのか、狼狽を隠せない様子だ。


『うん。分かってる。良いんだよ、スイ。そんな危ないモノは捨てて、こっちにおいで。』



『は、はい。』


操られるように武器を置いて、垂氷の足元にかしずいた彼女。捨てられるのを恐れる意志のない人形のようだ。


『今から大切な命令、いやお願いをする。一度しか言わないから、きっちりと聴いて。』


『集落全域の可及的速やかな消灯を命令して。愛する人が居るならば、口付けを交わしたあと、居なければウイスキーでも一息に飲み干したあと、目を瞑るようにと。全て終わったら、あなたたちも。仕事終わりの報告は必要ないわ。』


真意を掴みかねたようだが、彼女らは頷いて、そそくさと東屋を後にした。その背中が居なくなったのを悲しげに確認して、


『斎。これは貸しだからね。トイチ。あちらの世界で絶対に返して。』


と悪戯っぽい顔をする。僕も何か熾に言わなければ……。心はもう渡した。痛みを堪えて削った心の欠片を。しかし足りない気がしてしまう。何か目印になりそうな言の葉を……。空に答えが書いてあるはずもないのに、空ばかり眺めてしまう。遊佐木さんも見ていた。涙が零れ落ちないように。『わかった……絶対に返しに行くから。』とかぼそっと言いながら。


『ははは。文哉は相変わらずだねぇ。考えることが辛いことでも真剣に考え、過度なくらい悩む。でも……』


『それでいいんだ。文哉。君はそれでいいんだ。』


熾は包み込むような笑顔をして言う。春の陽射しに微睡み揺蕩っているような心地が身体を温めた。


「あり……がとう。」


『なんだいなんだい?さっきからお礼ばかりじゃないか。そんな無理やり捩じ込んだ言葉ばかり使うのは君らしくないだろう?』


最後を湿っぽくしない揶揄うような笑い声。気づけば僕も大きく頬を緩めていた。


「また、いつか。」


口から勝手に出てしまったのは、次を期待する言の葉。


『ああ、そうだね。日が出てるうちの愛の未来は曖昧であるべきだ。夜見えなくなってしまっては、目印の意味が無いからね。北極星のように、形が変わってしまっても北を指し続ける羅針盤である必要がある。私からも言っておこうか。』


『また、いつか。』


いつもは勝手に何処かに行って身勝手な夜を撒き散らす太陽が、今日に限って鬱陶しいくらいに照っているのが何処か恨めしい。


「うん。」


別れは済ませた。心と目印をしっかり渡した。十分じゃないか。心に釘をしっかりと刺して、澄香に向き直る。


『終わらせようか、文哉くん。』


振り向いたら彼女は吹っ切れた顔でそう言った。


「そうだね。終わらせてしまおう。」


そう返した僕もきっと吹っ切れた顔だったに違いない。


***


 

 額に冷たい感触。彼女の少し荒くなった息遣いにこちらも肺を痛める。目の合図1・2・3・4・5 引き金を引く。腕の反動と同時に頭に強い痛みが走った。世界が暗転する。この世界にもう花は咲かないなら、この額の二つの彼岸花を手向けておこう。最後にそんなことを考えた。

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