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ソラのイロ  作者: 亜房
山と集落 【緑青】
53/61

斎:ソクラテスの弁明


 これは言うなれば弁明だ。自分の都合に巻き込んでおいて、重要な事は全て煙に巻いて、台風のように去った私に絶対必要なみそぎと言ってもいい。私は全て知っているわけでは無いが、毒が発芽した味蕾に利己心が膨らんで花が満開になる前に。


「そもそも事の発端。空気の読めない闖入者は私です。私にとってこのコミューンはこの世界を終わらせるという仕事を全うする為に解体しなければならないものでした。」


軽く咳払いを入れて、文哉君を見る。余り驚いていない様子で、


『つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


と確認する。私は冷静に頷く。


『確かに、垂氷を取り囲む事象は似たようなモノでしたが。それは余り関係ない話です。比喩ですね。宗教のように垂氷を中心に何故か回っているコミューンを殴り込む私と言うヤクザ。それが纏まったわけです。』


新しい神格を輸入したようで、余り気分が良いものでは無かったですがと呟く。文哉君は宙を見ていた。真実は言わないっていう嘘じゃないですか……と裏返しのレコードに爪を立てる。私に向けた言葉は載っていない。構わずそのまま話すことにする。


「私は乾 読司に銃を向けました。この世界が終わる為には彼の犠牲が必要だった。しかし、私が撃てば良いという問題ではありませんでした。或る問題が解決しないままお流れになったことに急いていたのかもしれません。」


懐古癖の高齢者のように溜息を杖にして立つ。私が嫌いだった人間になっていることに、怖気を覚えた。喫煙所でしか話してくれない大人と話して居るうちに、吸う煙が副流煙から主流煙に変わってしまったらしい。


「最初から撃つつもりなど無かった私は、銃口を下ろし、坤野 京に詰め寄りました。この銃を使って、ヨミを殺せ。それで世界は終わると。それを聴いた垂氷は、集落からヨミを追放しました。彼女はこの世界が終わらない事による停滞を望んだのです。」


文哉は何も言わない。イギリスのソードラインの内側に立つ紳士のように、話が終わるのを待っている。


「そして、坤野は結果的にこの世界が終わらせない為の錨になりました。港で停滞していつまでも揺蕩う船。垂氷が目指す形になりましたが、ヨミは世界の終わりを庵で待つしか無くなってしまいました。」


錨が無ければ難破、沈没は避けられないというのに。難破船に乗りながら憂う。2Lペットボトル2つくらいは用意出来るだろうか。


「今回ヒツジが頭から赤ワインを流したのは、それが原因です。」


神の血。私にはダイモニオンの諭しなどないが、この言の葉は涜神罪に当たるのかもしれない。


「この世界を終わらせる為には、この犠牲が絶対に必要でした。しかし、君たちは違う。文哉君、大人の都合って言う君からしたら、どうでもいい事の犠牲にしてしまった。すまない。」


赦しを乞う。免罪符が転がって居る筈もないのに落ちる目線を上に保つ。咲かす前に枯れてはならない。


『どう言うことですか?』


冷静な目。高音を空耳。


「君を私がこの世界から出る度にカンフル剤として利用した。硝煙付き違法農薬。泣いて馬謖を斬る。あの失策も確か山に陣を構えた事だったか。君の命とあの子の命を散らせばこの世界は終わる。グラスをひっくり返すみたいに。」


硬い声。自分の頭蓋骨が揺れて驚く。


『なるほど。本当に利用されたんですね。情報の過剰摂取にようやく追いつきました。質の悪いジョークドラマの下敷きにされていたと。しかも、もう進む筈だった未来行きの列車はとうに通り過ぎてるのでしょう?』


淡々と文哉は答える。雨を見て洗濯を取り込むみたいな反応。私には都合の良い反応なんだけれど……


「失望や絶望はしないのかい?」


不気味だった。植物のようだ。花と言うよりはオジギソウ。死ぬかも知れないのに、低いBPM。ただ心が小刻みに波打っている。


『失望……ですか?僕はとうにしていますよ。僕自身にも先行きにも。』


名前だけの自己紹介。脊髄に染み込んだ諦観。哀しげな菩提樹。


『それで話は終わりですか?』


栞を本に置こうとする声に頷く。私が言えることはこれが最後だ。


『ありがとうございました。貴方のおかげで僕は、好奇心に左右されない素敵な【退屈】を享受しました。』


私は、極めて理性的なその声と向けられた背中に羨望に加えて、何故か乾拭きの朝顔を感じた。

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