斎:見届け人の終わらぬ仕事 Do not end without igniting fire
──ふと考えることがある。役割の持たない銃は世界に登場してはいけないなら、私は規約違反をしているのではないか……と。でもそれは違う。私は、自分の行動を通すためにこの銃を用いている。運命という避け難い友を撒くのは簡単ではない。特に垂氷は運命に酷く嫌われ、付き纏われていた。屋根先の氷柱のように。彼女を甘く刺し続ける氷は、彼女の心の温度では溶かすことが出来なかった。私の温度でも。運命を撒く代わりに巻いたブランツの火でも。
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垂氷は、名前がなかった。彼女の背中をわざわざ見る人は居なかったし、独りで完成していた彼女を触れようとしなかったからだ。透き通った水のかたまり。鏡花水月。羞花閉月。一片氷心。それが彼女だった。遠巻きで見て、それを何処か偶像のように扱うのが暗黙の了解だった。その薄紙が入った認識と愛情──それが愛情と呼べるかは別として──しか受け取れず、むしろそのか細い心でさえ、拒食した。自分の人生を蔓延る運命という毒酒に酔い、動かない道を選んだ。それでも彼女の出す魅力と言う名の美酒に酔いどれた集落の民は盲目にその袖を掴む。私は吐き気を覚えた。盲目と沈黙が彼女を鎖し、腐らせる。この世界を終わらせようとしている私にとって都合が悪い──とか言う考えは置いて彼女と関わらなければならない。そう思ったのだ。
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私は、彼女の家のカーテンを目印にして通うようになった。開いているとき──可、閉まっているとき──不可と言った具合に。彼女は決まって、「そろそろ来ると思っていた。」と言ってお湯が少し多い薄味熱々のコーヒーを差し出した。そして、自分も人啜り。薄いと気づいて、シナモンハニーを継ぎたしてくれた──その甘さが私は好きになってしまって、決別した今になってもたまに容れてしまっている──その照れ笑いを見る度に、心の襞は少しずつ、この部屋の陽だまりに溶かして行ける気がした。垂氷と名付けたのは、ちょうどそのころだ。
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しかし、その陽だまりは朝の蒼空に居座る白い月が見えなくなるかのように、いつの間にか壊れていた。皮肉にも氷柱が消えてしまう春に。私は「この世界から出るつもりはないか?」とそのきっかけをつくる発言をする。垂氷と集落を引き離したい。そう思っていた。しかし垂氷にはそのつもりはなかった。『わたしはここから逃げない。止まる。正しいことかどうかは知らないけれど、私はもう……』言葉にならない言葉が耳朶を殴る。私ではない私が「しおどきだな」といった。
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走馬灯のように頭に流れる記憶に折り目をつけて、仕事を終えるために、放心状態の澄香に銃を持たせる。迷い子だ。あの頃の垂氷のよう。導くように体を添わせ、ヒツジに向ける。ヒツジは諦めたように目を瞑っている。引き金を──引いた。ヒツジの頭に彼岸花が大量に咲く。這いずっていた鼠が私を見上げていた。




