垂氷:ひらがなだらけの風刺画 Full of things you don't understand
目覚まし時計が、停滞を好む私の睡眠欲に反抗して鳴り響く。珍しくある用事を片付ける為に今日は早起きしなければならないとは分かっていたが、太陽が一番高くなる頃まで普段寝ている私には拷問に等しい。体を起こして、体にする言い訳のチル。灰皿がないことに気づき、炭酸が抜けたまま放置されたコーラ瓶にぐじゃぐじゃに灰を押し込む。テトラヒドロカンナビノールが私から思考を抜いてくれる。今はただ【停滞】を求める機械で良いんだ。タンスの一番前にあった適当なファッションで目的地に掃除マシーンのような足取りで向かう。
***
──緯度・経度は冷たい気体だらけのフラスコ。心臓にドクドクとめぐる血液に浸潤している青い成分。銃を持つ迷い子を見て、邪魔する私は空気読めない。冷えた期待を裏切られたヒツジは、ヒツジなのにドナドナが背景に流れそうな顔。私はそれを見ぬふりして、ハシビロコウのようにただ虚空を見る仕草。私を模したハシビロコウは多分、青い舌の新種だ。
でも、私は理解出来ない。進む必要が無いのに何故進んで転ぼうとするのか。
でも、私は理解出来ない。停滞に時を無駄にすること以外は梅雨しらずひらがなだらけ。わたしにはむずかしすぎる。わたしはこどくなきゅうかざん。ひとのうごきをそがいする。うごかないというだけで。やっかいなサボータージュ。
みんなこまっている。なかまみたいにおんなとひつじは、めをみあわせてる。
あれ?あたまになにかあたった。
***
空気の静脈に打ち込んだアンフェタミン。脳が痛みによって冴える。頭の後ろに銃口。
『言ったはずだ。お前の願いは届かない。』
聴きなれた声。私が半開きのカーテンを開けて待ってた人。
「イツキ。何で落下した隕石みたいに冷たくなってしまったの?」
萎れた泣き言。キーの合ってない竪琴。時効援用済みの負債を蒸し返すみたいに、相手の脳を軽く引っ掻く。
『この世界を終わりにしないと、私の仕事が終わらないからだ。』
公式解答をなぞるようなコメント。きっとイツキは、水で薄めていない塩素で本能を消毒している。
「そう。」
カチャリとなる銃。
迷い子とヒツジと合う目線。
憐憫。恐怖。
私の心は何故か山の新雪のように真っ白だ。
『この場で引かれるかもしれない引き金は、私の銃のかもしれないし、彼女の銃かもしれない。決めるのは君だ。』
脅迫。まるでヤクザだ。うちの集落にちょっかいかけてきたのと変わらない。
『どちらにしろこの世界は終わる。より賢い選択をしたまえ。』
銃口越しの会話。
私は首を縦にしかふれなかった。
一日ぼーっとただ部屋の隅のハンモックで生きて埃を鼻腔に食わせている私には。
戸惑う迷い子。イツキはやさしいかおになる。TVでやってる絆創膏だらけの主婦を思い出した。
【殴った後はいつも凄く優しくなるんです。】
ブラウン管が掻き消える。
それとともに私の意識も何処かへ行ってしまった。停滞と終幕は違う。終幕を恐れるからこそ、停滞を望むのだ。その言の葉が脳裏に浮いた。
『君がリアルを見たいと言った結果がコレだ。この世界の暴力的な現実。抽象のヴェールを破った後は、どんなものも恐ろしいものだ。しかし、君はここに来た以上責任を取らなくてはならない。』
薄れる意識の中、最後に見たのは怜悧な顔に戻ったイツキと蒼白な迷い子だった。目はきっと太陽に添わせてまた啓くだろう。けれどそこにはもう……。




