垂氷:手記02 老廃物の葦 Low High Boot Leg
明日には何も覚えてないと思うから、私は一日を思考ですり減らす。本物同様に足が動かない葦だ。安らかな死と今を結びつける為に生きているだけなのに、カーテン越しの太陽がいつも邪魔をする。私は瞼の裏をずっと見つめていたいのに、それを許してくれない。太陽に向かって無駄に不満げな顔をして、無理やり、硬くカーテンを閉ざす。仄暗い。まるで私の瞳のようだ。起きる度に私はこの何も光の無い瞳が少し煌めきを取り戻しては居ないかと、毎度確認している。しているが、目は二つで あることに変わりはないし、その澱んだ瞳は何も変わってはくれない。
誰が何と言おうと、私にとって停滞は人生の最適解だ。どうせいけ好かない太陽と同じようにいけ好かない人間を相手しなければならない。そんなことになるくらいならば、ハンモックで時間を無為に過ごした方がマシだ。最高を狙うのではなく、一番マシを選び続けるのが私にとっての人生だ。
それを聴いた時、私の神様は、その整った顔を苦味付きの笑いに口元だけ染めて、
『君は、ドライアイスのようだな。地球に二酸化炭素しか提供しないとは。』
「悪い物を他に沢山提供するよりは、きっとマシでしょう?」
お返しに鏡前で練習した顔を披露しながら、なぞるように返したんだっけか。そうしたら、
『違いない……かも知れんな。怠惰ではあるが。』
そんな事を言って、アルカリ性の顔をする。お揃いだ。その後は……どうだったっけか。
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その頃の手記を、棚から取る。確か、5冊目くらいだったはずだ。見落とさないように、パラパラと1枚ずつページをめくる。調子よくめくっていると、意地悪な紙が歯を立て、私の指を切ってしまった。血が指の蒼い蝶──キプリスモルフォ──の翅をつたい、掌をベタつかせる。血の色は他の人と変わらないのか……と何故か安心する。血を落とさない為に、手記を退けて傷口を噛む。金属の味。満足するまで舐って、傷口に絆創膏を宛てがう。縛るようにきつく。医学的にどうかは知らないが圧迫止血だ。傷口を見えないようにしてしまうと、さっきの流れた血すらも現実味がなかった。そう言えば、前に血を流したのはいつだっけか?全然思い出せない。あるいは、初めてだったのかもしれない。
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絆創膏の無い手で、思い返したようにまた手記をめくる。ようやく辿り着いた。
『この世界から出るつもりはないか?』
彼は、紙の中でそう言っていた。作られたような顔に真面目さを滲ませて。そのときの私は──と答えた。そして彼は残念そうな顔で──と言った。
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読み終わる。空に落ちる。宙に放った二酸化炭素と混じりあった気分。常備薬をタンスから探す。老廃物を頭から追い出す為だ。心の高《High》と低《Low》を作るわけにはいかない。見つかった。口に近くに合った焼酎と共に服薬。特徴的な青い舌。海賊版、ジャンク版の停滞の精神を頭の中に満たして、ハンモックを体で揺らす。揺らすと、停滞に慣れた体に来る、適度な苦しそうから来る至高の思想を頭に持ってこれる。
勿論、停滞は静止が理想だ。でも、静止は動いて無いように見えて、等速直線運動だ。運動してるような気がする。それに、思考に割くリソースが無くなってはならない。
だから、私は揺らす。たまに煙草も燻らす。本当に便利だ。ハンモックは。私のモノは泥舟のような形と色をしているが、正しい泥濘に身を埋めてる気がして、その見た目すら好きだ。──来た。薬の効果が。泥舟で泥のように眠る。




