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ソラのイロ  作者: 亜房
山と集落 【白線】
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澄香:移り変わるマネキンの服と泥濘刺す壊れ傘


 私が門を通ったのは、考え始めて百時間──あるいはそれ以上──経った後だった。朝と昼が私に体温を与え、夜がその体温を奪っていくと言う機械化された流れを数え間違っていなかったならば、四回程度繰り返したのだ。この門を通るべきか。通らざるべきか。


 正直なところ答えは、最初の一時間で既に決まっていた。それなのに動かなかったのは、脳を怠惰が染めていたからだ。理解し難いこの世界を道標無しで立ち向かうのは、どう考えても分が悪い。


 この世界に来てから、時計の針は常に進み続けているが、私は泥濘に足をとられ、雷雨が開けるのを待つふりをしながら、壊れて持て余した傘を泥濘に突き刺しているだけだ。動くことを妨げられている訳でもないのに、同じ場所で無意味に踏ん張っている。店先のマネキンみたいだ。時の流れで服の丈は変わるのに、中身は何も変わっちゃいない。


 脳裏に自分が望むことを書いては消し、書いては消す。残るのは消しカスの山の頂上に気づいたら居る自分と、無数のかき傷。


 だから、もう仕方ない。自分の希望など通るはずが無いのだ。どこに居ても私は私なのだから、『妥協しなければならない』この世界での生活──死んだフリかも知れない──を終わらせるには、この先を進むしかない。本が読み進めないと終わらないのと同じだ。この乾燥肌で、切り傷だらけの手では、この本をめくる時に、指を切ってしまいそうだけれど。


***




 肌が粟立つ空気。不快なまでの清潔感だ。塩素系の洗剤を個室に閉じ込めたよう。潔癖症専用の集落なのだろう。トイレは使用の度に、徹底した過剰な除菌が施されているだろうし、広場なんかは塵一つない筈だ。


 頻りに周りを気にしていると、クリーニングしたばかりであろうスーツに青みがかった黒のタイを締めた、坤野さんと同じような歳の男が前から歩いてきた。


──見つかってしまった。

違和感を出してはいけないのに、見た途端、早足になる。足がもつれそうなくらい。ジーンズが擦れて痛い。


「そんな逃げなくてもいいじゃないですか」


随分前から作っていたみたいな声が聴こえる。喉が乾きすぎてヒリヒリする。


「あなたが殺さなければいけない人はこの場所に居るんですよ??終わらせるんじゃなかったんですか?」


ザワザワと、その声を聴きつけたのか、獣のように警邏の人間が寄ってくる気配がした。ここで、話に耳を貸してはいけない。耳から脳に侵入し、せっかく出来た妥協の決意を潰されてしまう。地面を強く蹴り飛ばすと、走る。走る。


着いたのは、路地裏。追う手を遮るのに必死で、私は、開きかけのマンホールを地面より強く蹴っ飛ばして、飛び込んだ。


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