ヒツジ:轍を語る/ドナドナのヒツジ
──終点の部屋。
いい茶葉の匂い。私のカフェの匂いに溢れていた匂い。懐かしい匂い。
『ヒツジ。現在と未来の話は飽きた。久しぶりに過去の話をしようじゃないか。』
『ああ、これか?君のカフェから、ウチが定期購入していた奴だ。君は良い趣味をしている。』
こんなにストレートで飲んでもミルクを入れて飲んでも美味しいのは中々見ないよ、何て呟いて、小瓶の牛乳を入れてクルクル混ぜる。
『君たちは、この世界を作り上げた原因だ。そして、君は終わらせなかった。銃の存在意義を無視して、玩具にした。世界を終わらなくしてしまった。』
『それは、君が臆病だった……と言うことも勿論ある。しかし、問題はヨミだった。』
『ヨミは、集落と宗教の争いの為に、もう無い命を捨てた。』
『この世界は俺が死んだら終わる。それは、荒唐無稽な話だった。まさに寝耳に水。しかし、わざわざ来なくてもいい場所に語ることだ。それに、確かに抽象に塗れて、歯車の合わさる場所を間違えてしまった世界には、そうであってもおかしくなかった。』
『その後、ユサキという人間がやって来て、話が大きく変わる。ユサキは、来た途端、鞄からコンパクトガンを取り出した。』
喉を潤す音。
もう一度語り出す。
この世界の外装を解くかのように。
『この世界の行く末、もう見届けたって事でいいんだよな。私はもう帰って寝たいところなんだが、と言い放ってヤツは、ヨミにそのおぞましい銃口と目線を向けた。』
『その時の静寂は恐ろしかった。何かに音が吸い込まれてしまったみたいだった。みんな鯉みたいにパクパクしているのに、何も話せていなかった。あれは、ひょっとしたら溺れていたのかもしれない。』
『そうしていたら、ユサキは嗤いながら銃を下ろす、淡白な空気に泡が爆ぜた。』
『爆ぜた泡は少しだけ空間を緩やかにした。しかし、空間を泳げるようになっても、誰も泳ごうとなんてしなかった。ただ、テトラポッドみたいにじっとしていた。』
『かく言う私もそうだ。右脳と左脳が恋に落ちたみたいな偏頭痛が、頭を襲っていて、動けなかったんだ。私が一番溺れていたのかもしれないな、今考えたら。』
『生者の水葬を眺めながら、ユサキは言った。大丈夫さ、俺は撃たない。元より俺が撃っても意味が無いんだからな。坤野君……居るかい?君だ。君、が、乾君、を、撃つんだ。』
覚えているだろう?
と、その時には無かった皺を軽くなぞるように苦々しい顔をしてみせた。
『君には、申し訳ないけれど、その時私はこの集落を追い出した。何故なら、私たちは……』
『この世界を終わらせない為に、君らを引き離す必要があったからだ。』
言い終わった途端に待ち構えたかのように携帯が鳴った。オルゴールに繊細な楽器の演奏を必要とするクラシックを演奏させたみたいな大雑把な音。
『おっと。すまない。どうやら、時間のようだ。すまんね。毎度毎度。』
そう言って、軽く頭を下げた。
被っていた帽子には、集落長のエンブレムが付いていた。




