文哉:白線の破れた輪
お久しぶりです。
僕の心模様を表しているかのように、無骨な氷が乾いた音をたてる。琥珀色に浮く透明を一頻りからころと転がした後、父は口を開いた。
『さて、文哉。お前は何処まで知っている?』
「この世界の渦の中にお父さんが居るということくらい。」
『はは……。充分だな。』
痛そうに笑う。山の場違いな渦巻きに身を切られてるのかもしれない。そのせいか、都会の入江のようになってしまっている眼は一つも笑えていない。
『私は、殺されなければならなかった。』
ぽつり、とそう言った。
「どういうこと」
疑問符を付けずに、ただなぞるようにそう言った僕の声は、酷く乾いている。この場所が渦中である筈なのに、ここにある水分は、話の呼び水の少量の酒しかない。
『この世界は仮初の街だ。420番街。この世界は、問題のある人間を吸い込んで生まれた。その問題を解決させる為に。しかしながら、この世界はあらゆる面で不器用だった。問題を解決しない限り終われないんだ。私は、死に損ねた。その結果この世界は終われなくなった。』
「問題って」
気づけば喉がカラカラになってしまっていた。
『仲違いしてしまったんだよ。ヒツジのやつと。それをこの世界は何故か曲解した。』
『人と人の問題ってのは、たとえ和解したとしても、その残り香は消えないものだ。全て消す為には、殺すしかない。』
『ヒツジは、この世界を終わらせる為の銃を持っていた。』
顔を苦渋に歪めて、父はそう言った。
「どういうこと?」
『信じ難いが、撃たなければならない数だけ、弾が入っているという、この世界で必ず火を噴く銃だ。知らないということは、文哉。お前も……。』
声が出なくなる。
自然と2人ともグラスの酒を一気に嚥下した。呼び水すら消えて、さらに乾燥した沈黙が重くのしかかって来た。
『文哉。この世界は、平然と狂っている。特に集落だ。集落は危ない。行くなら、右手に入る以外の荷物は全て捨てていけ。』
「どうせ、行かなければ停滞と【退屈】が僕を襲うだけなんだろう?」
僕は、今ポケットに入っているココアシガレットとライター以外を全て手放した。滑稽な組み合わせだ。
『ああ、そうだ。終点で座して死ぬまではな。』
「なら、行って終わらせる……全てを。この世界から出る為に。」
『そう……か。』
群青が空を染めあげ、雲が月に向けて舟を漕ぐ中、僕は無い筈は無いが、未だに見えない底に向けて足を進めだした。ひょっとしたら、ライターの火の燈が役に立つかもしれない。そんなことを思いながら。
そう言えば、ヒツジとは誰だったのか。そんな疑問が頭に浮かぶのは、長い夜を越えたあとだった。




