坤野:逃げたがりの化け鼠と終点の部屋
相変わらず何も無い部屋だな。無すらもなさそうだ。隅には逃げるように固まっている埃が追い詰められた鼠のように蹲っているのが見える。いい加減飽きたから出してくれないものか。もう、この部屋にある無言の傷の数も数え終わってしまったし、本格的にやることが無い。あの赤ジャンパーの女が言ってた事が本当ならば、そろそろ澄香ちゃんが、私を殺しにやってくる筈なんだが。
澄香ちゃんには、酷いことを強いてしまうな。でも仕方が無いんだ。あの子がこの世界を出るにはそれしか方法がない。私は、人を殺める事ができる人間ではなかった。この世界を出ることを諦めて、地を這うよう鼠のようにただ逃げ続けた。そのツケか。私らしい終わり方だな。死ぬことは無いってのは、私をここまで、追い込んだ人が積極的に私の生命を害さないっていうことだった。この部屋は、ただの私の終点だ。もう汽車は流行のように通り過ぎて、廃線されてしまったし、二度と戻っては来ないのだ。私は本当に度し難い。切符だけはしっかり持って、その通過を眺めていたのだ。
黒光りする煙突のように煙を吐くことを約束されていたはずの銃。それを見てもう潮時かと、私は自分に向けて引き金を引こうとする。いや、駄目だ。これは、あの赤ジャンパーが一番してはならないと言ったことだった。
『最悪、一人も出れなくなる手段だ』
『それに、私みたいになりたくはないだろう?具体性を抹消した人生なんて生きないに越したことはないしな』
袋小路を出ることも出来ず、死ぬことを座して待つ。まるで、死刑判決を受けた囚人のようだ。―――銃殺刑。
『いやいや、まさに袋のネズミだねぇ。私が言えた話ではないんだが。』
目の前に立つ影。好きな色を思い思いに混ぜたような色だ。赤黒い。
『私もまるでドブネズミだ。ドブを攫いながら、いつも腹を空かせている。ついでに君も食べてしまおうか。』
「君のような美女に食べられるのは銃殺刑のことを考えると、それもまた一興かもしれないが、遠慮しておきたいな。」
『まぁ、そうだろうね。私もどうせカニバリズムに目覚めるくらいなら最初は、食べて後悔する人が良い。それならば、感傷で退屈が塗りつぶせるだろうから。』
「相変わらず唐突に怖いことを言う。」
『別に怖くないだろう。君は今、自由と時間の代わりに命だけは保証されてる。君は、絶対にあの女以外による終わりを得ることは出来ない。』
「それが、私がヨミを処理しなかった報いなのかな?」
『そうかもしれないな。』
赤ジャンパーは、そう言って踵を返す。
『もう時間だ。これから、集落のアホどもが一人一人雁首を揃えて、牢を周回する。電気も落とした方がいい。よく見えない方がいいからな。どうせ、目がちゃんと機能しても無駄だ。』
電気が落ちる。
星も月も奪われてるから、もう綺麗にしようもない。
生と下と法の区別もつかない。
そのまま瞼を義務のように閉じ、寝入った。




