澄香:沈められたら浮き上がれないような場所
結局、作り物のような感情を顔に入れている何処かしらに怪しい何かがある男について行くことにした私は、震度3くらいはありそうな車に乗っていた。城の石垣に使うような大きい石ある訳でもないけれど車のタイヤを潰すには充分な刺激的な石を踏みこなしてるこの車は、先程から左方向を荒っぽく突っ切っている。そんな左ばかりいって何になるというのか。いや、別に右に行ったら何かあるって訳では無いけれども。
『あぁ、さっきから左ばかりなのは、別に気にしなくていい。どうしても知りたければ教えるが、割とどーしようもない話だ。』
私を見透かしたのか、彼は適度に間延びした声でそんなことを言う。凄い適当だ。知らなくてもいい情報ってのは、あるからそういう類なのかも知れない。
「ふぅん。」
つい流されて、適当に返す私も私だが。ところで気になることがある。
「何故、私たちは山に登っているの?」
何の気なしに聞いてみると、彼は心底驚いたような顔をした。信じられないものを見た時の見本みたいな感じで標本に出来てしまいそうな顔だ。
『本当に何も知らないのかい?』
憐憫の目を向けて言われようが、本当に知らないのだから仕方がない。私は、取り敢えず頷いた。
『いやぁ、奴も酷いことするな。そりゃあ、泳ぎ方も教えずに水底に叩き込めば、浮いてこないに決まってるじゃないか。この子は魔女じゃないんだから。』
勝手に分かられたようなこと言われても困る。
『あー、おう。一から説明しよう。この世界を出るには、一つだけやらなければならないことがある。それは、【自分を渦中にした問題をひとつ解決すること】だ。まぁ、具体的に言えば自分の手でしっかりと、その根を殺すことだ。』
「殺す?」
『あぁ、そうだ。その為の銃だ。その銃は飾りじゃないんだよ。銃ってのは基本的に火を噴く為に存在する。帰る為には、君にはどうやら殺さなければならない人がいる。その証拠にその引き金、重いだろう?この存在感があり過ぎてインテリアには確実に向かない銃はその人に必要な弾数しか入っていない。そういう仕組みだ。』
一度息を吸って吐く。山の緑をみて衝動的に戻しそうになる。胃に何も入っちゃいないのに、体が切実なものを追い出すことを望んでいる。
『だから、言っただろう。この先は危険だと。それに、この話は銃を渡された時点で予想のつく話じゃないか?』
詰るような声。息が詰まる。抽象で分からない方が良かった。ハッキリしない方が……良かったんだ。
『やっぱ、思った通りじゃないか。でも、もう後戻りは効かないよ。この世界には残念ながら、往復切符なんてものは存在しない。あるのは、片道切符のみだ。とにかく行ける所まで行く。君は、ここの近隣の地図すら持ち合わせてないんだから、置かれた状況の中でどうにかしなさいってことだ。』
ききぃと停止音が響く。どうやら着いたようだ。どこを見ても有刺鉄線。通り道と言い、人が来ないように仕向けてるようだ。
『この先に君がどうにかしなければいけないものがある。』
シニカルな笑みを浮かべた彼がそう言うと、風が吹き、有刺鉄線が揺れて不快な音を立てた。




