文哉:一目散にというほど諦めは良くなかったらしい。
もう存在しない。熾も、あの煙の匂いも。するのは、吐きそうになるほど青臭い草の匂いだけだ。
そう考えると、どうしようもない欠落感が頭を支配する。考えないようにしてるのに、頭は彼女の存在の証拠から離れたくないのか、その事を考えずにはいられないらしい。そのせいか、頭は壊れたラジカセの中に短いテープを入れっぱなしにしているみたいになってしまっている。僕は、自分のことを諦めが速いと思っていたけれど、そうではなかったのかも知れない……それとも、熾の存在がそれほど大きかったのか。
後者だ。僕は、【こんなに欠落感があるのなら、逢わなければよかった】とか、熾に対して思えない。でも、僕は進まなければならないんだ。そんなこと思いながら、昔は獣道であっただろう山道を進む。この蹊を成したのは、きっと桃なんて生易しいものではないだろうし、とても騒々しいものに違いない。
砂利道に出た。同じ大きさの石が綺麗に並べられている。踏むとガシャガシャ音が鳴る。これは、誰かが入って来た時に分かるようになってる防犯砂利か。砂利の音がここまで綺麗に響くほど静かなのに酷く物々しい。足を止めると、今度は普段は聞こえないような木々を揺らすことも重労働になりそうな風の音がのらりくらりゆらりゆらりと紫煙のように流れていく。その浮遊感は、 彼女の残したものな気がした。
一頻り砂利を鳴らしながら、歩いていくとそこから二手に道が別れていた。どちらの道も、生易しいものでは無さそうだ。とりあえず右を選ぶ。これから分かれ道は右を全て選ぶことにしよう。もし行き詰まったら左で帰ってくればいい。その時帰れる状況にあるかどうかは分からないけれども。結局持って運だ。正直自信ない。少なくとも運が良ければこんな場所に来る必要もなければ、僕がこんな精神性を持つに至るはずもない。結局のところ人生はかなり運が支配するのだってことだ。人の運に恵まれれば、安心できる空間やら心強い味方を手に入れることが出来る……と言った具合に。今は恵まれているか否かで言ったら、否。もう、安心感もへったくれもない。ただ片道切符で行けるところまで。きっとここにも、もう帰っては来れない。腹を決めよう。決意して、更に具体的な危険性が見える道に進む。道がかなり荒っぽい。入るものを拒んでいるようだ。しかし、それに囚われることなくただ、判を押すように右足と左足を交互に出す。それをただ繰り返した。
道が開け空が見えた。突然に鳥が羽ばたき、嘘みたいな青空を象る。右はどうやら当たりだったらしい。目に見える範囲の一番遠いところに、天を衝く屋根がある小屋が見える。これが探していたものに違いない。根拠はないけれど、それは正しいに違いない……そう思えた。




