文哉:燃やそうとしてる営火長と急激な酸化
忘れていた時の流れを思い出させる為だけに存在するかのような気の抜けた風が部屋の中を通り、ふと我に帰る。頭が緩やかにかつ冷たく回り出す。ガチンガチンと考え事の歯車が油をしばらく刺していない歯車のようにぎこちなく回りだす。
『相変わらずだね。』
と彼女が笑う。いや、熾が笑う。憂うかのように笑う。ただ、ただ。
「風に呼ばれてしまったからね。考える頭が。」
『風も無駄な仕事をするものだ。後で苦情を出しとこう。』
そう言いながらすっかり冷めてしまったコーヒーに氷を入れる。原始的な作り方。これでは変な雑味が出てしまう。でも、色んなものを飲み込むには適しているだろう。
『君は、離れる理由を聴かないのかい?』
風に軽くのせるように熾は囁く。風に薄められてしまっている。僕は風で聴こえないフリをする。これを答えてしまったら壊れてしまう気がする。全てを聞いてしまったら、離れやすくしてしまう。
『ありがとう、文哉。』
突然目が重くなってしまったみたいに熾は目を抑える。大事なものを取り逃さないように。風は一仕事を終えてもうこの部屋から去っていた。僕らと一緒に、言葉も空間を揺蕩う。確実にその存在を少しずつ薄めながら。お互いの止まり木を担い合う僕らはテーブルを挟んで美味しいとはお世辞にも言えない珈琲を少しずつ嚥下する。
考え事の葬式を一度しなければいけない。たとえ一日で復活するとしても。
『そうだな、文哉。薪を焚こう。』
腰掛けていた小さめの椅子の上を開ける。出てくるのは燃料。僕らが燃え直す為の。ただ一つの燃料。漂流する前から数えて二番目の英字。近くにあったカードで刻む。備長炭に火をつけるみたいに慎重に。ざくり、ざくり。それを、アルミフォイルに包む。太く巻く。煙を共有する為に。なるべく多く、苦しい時間を巻く為に。
『』
「」
言葉はもう要らなかった。ただ横たわる営火の煙を眺める。それは、【親睦の火】なのか、【儀式の火】なのか。まぁ、それは関係ないのかもしれない。だって、此処には、もう、オクラホマミキサーも、コミニュケーションも存在しない。ただ、あるのは、燃やそうと動いてる僕ら営火長と、物質の急激な酸化と浮遊感だけ。
『』
「」
これが終わったら二組の止まり木は全て燃え尽きて、確実な灰を残すだろう。黒いテーブルに沢山落ちてしまった灰を熾は識っていたかのように、動かす。輪だ。破線の輪。これが最後かもしれない。僕は、たまたま買っていたココアシガレットを掌で弄んだ。僕ももうこの場所に居る訳にはいかないんだ。此処にはもう戻っては来れない。
『』
「」
僕らの距離が最大限縮まる。煙を共有する。儀式のように。営火は消えることなく綺麗に燃え盛っていた。僕らとはあべこべに。




