文哉:藍に紺惑する空色
ドアを開けるとそこは、バーだった。紫煙が火災報知機が鳴ってないとおかしいくらい空気を覆っている。多分普通の白熱電球を使ったら天井にはタールのしみが付いているだろう。おそらく同じブランドだと思われる揃いの椅子と机がこれと言った規則性のない形で並んでいる。勿論カウンターも有るのだが、人影は無い。かと言って数多くあるテーブルが全て埋まってる訳では無い。ただただ紫煙の発信源である人がいるのみだった。こいつが、今まで度々僕に抽象の煙をまいてきたやつか。目の前の灰皿には税金の山とアルミホイルが置いてある。
「結局来たんだねえ。そうだよ。私が、君に煙をまき続けた張本人だ。」
彼女は、燻った火のような目を僕に向けてそう言った。直線の前髪と髪飾りは何処と無く神の使いのような雰囲気を携えていた。
「神なんて高尚なものではないよ。私はね。それにこの世界に神なんて曖昧模糊なものが存在するわけが無いじゃない。」
君という存在と言う例外が存在するじゃないか。その狙ったのかのように無い具体性はどう説明するんだ。
「それは一本取られたなあ。でも仕方ないよ。私は燃え盛る炎の残滓なのだから。所謂二つ目の意味の燠火だよ。」
当然のように思考が読まれる気持ち悪さにもなれたが、この空間に飲み込まれてしまいそうな気がしたから声を出すことにする。しかし、どうも思考がまとまらない。
「そう言えば、君は今自分が何色だと思う?」
紺色だ。酷く黒ずんだ空色。
「それはまたどうして?」
わかっている癖に白々しく聴いてきた。
理由?そんな物は簡単だ。最初は空しくても空っぽでも、【救い】がしっかりあって僕の器からストレスは溢れ出さなかったし-ストレスが流体かどうかは定かでは無いけれど、僕は溢れても大丈夫なように新しい大きい器を用意していた。器が大きい人はきっと何処かで脛に傷を負わされたのだろう-心に入り込む隙間風やコールタールは、自然と何処かへ行っていた。今は、その【救い】が存在しない。コールタールに見紛う心の闇が、空っぽでも澄み切っていたソラのイロを紺惑させた。諦めきって黒にもなれない。ただの半端者、路傍の石だ。
「それは、藍にも変わりうるかもしれないねえ。君は完全に諦めきって黒に成れてない。それが一番辛いよ確かに。経験したからわかる。これを吸って楽になりなさい。」
そう言って【B】と書いたアルミホイルを差し出された。
そのアルミホイルから、心地よい浮遊感の匂いがした。
愛に困惑した空色




