澄香:璃寛した代赭の良い萱傷的な猩々
昨日どうも寝付けなくて、しばらく太宰や芥川に耽溺していたらいつの間にか明るくなっていた。首の寝違えが酷い。本の中の世界を頭に情景化する為に、どうも私は目を瞑る癖があるらしい。そのせいでこういう事は非常に良くある-傘を持っていくと降らない雨が、傘を持っていないときに限って天気予報が当たるのと同じぐらいの頻度で-事なのにも関わらず、ついつい寝れないときに本を読んでしまう。まぁ、もう治らないんだろうと妥協して寝てもいいように高価でふかふかな人を堕落させる為に存在してるであろうリクライニングチェアに買い換えたから多少マシになった筈-あれ程怒られた事を購える程ではない-ではあるのだが。
そういえば、今日はあのバイトの日だった。十一時ぐらいに着いてくれれば良いという話だったが、もう十三時を回ってしまっている。遅くまで寝られなかった理由が話しにくい理由だから、正直に言う訳にもいかないし-私は目覚ましがなくても、しっかりと六時には起きることのできる体質なので寝坊することが何か悩み事があって寝られなかったことの証左であると坤野は知っているのだ-何か適当な理由を綿密に作り込まなければならないのだけれど、全然頭が回らない。きっと私はアレにとらわれてしまっているのだろう。
非合法でバイオレンスでリアリスティックなソレは、まるで昨日のことが嘘でないことを主張するかのように、歪に光っている。見るだけで吐き気を催す人を殺すためにあるソレは引き金を引けばしっかり弾が出て、人を抉る本物の殺意だった。チェーホフは世界に出てきた銃は必ず火を噴くと言っていた。私もこれを誰かに向けないといけないのだろうか?
そんな思いに気をとられながら、着替えを終えて靴を履くこんな物を持ってしまっている時点で他の不安な事など大したことないのだから何でもいいと思い部屋を出る。昼だからか-昼には、危ない人間が地球に存在しない訳ではないと言うのに-公園には色鬼で遊んでいる子供がいた。懐かしい気分になりながら、通り過ぎると目の前にまたあのなるべく見たくない顔が。
「君の色は何色かな?」
彼女は赤色-これは猩々色と言ったんだっけか-のコートを着ていた。それと同じと言っては過ぎた言葉になるかもしれないが顔が赤い。真昼間から飲んでいたらしい。
「猩々とは失礼な。確かに私は大酒飲みだけれど、そこまでの酒豪では無いよ。気持ちよくなるのにそれだけの酒量が必要なだけだ。それで?何色なんだい?君の色は。」
私の色は何なのだろうか?私は自分の信念を曲げに曲げて、ただ生きてきた。色んな色が混じりあってもう黒々としてしまっているかもしれない。
「そうか。君はどうにも黒色を自覚しているようだねぇ。じゃあ一つだけヒントをあげよう。その銃は、君の頭を撃つ事になるかもしれないし、誰かを殺す為に撃つかも知れない。しかし必ず何がしかの問題の解決の為に発砲する事になる。君はまだ問題という問題に巻き込まれてはいないが、必ず巻き込まれることになる。今から準備をしておくことだ。」
そう言って火奥は陽炎のように居なくなった。そう言えば、猩々は七福神でもあったか。それにしてもあの人間は問題ばかり置いていく。自分の問題を片付けるのに手一杯だと言うのに……。私の今の心をかっさばいたら、まるで薄翅蜉蝣の身体のように中は卵-不幸を産み出すに違いない-だらけなのだろう。私は舌打ちをして花下忘歸へと足早に走った。
罹患した代謝の良い感傷的な症状




