09 何気ない道中で。
活動報告にも載せましたが、今話から読みやすいように話を小分けしようと思います。
試行錯誤をしていますが、読者には楽しんで読んてもらえるように頑張ります!!
「うう、眠いわ」
目をこすりながら歩いていくマスター。その足もどこかふらついているが、無理もない。
現在、午前4時30分(仮定)。
太陽が昇る前、冷たい風にさらされながら盗賊団の支部まで歩を進める。
「眠いし、寒いし。砂漠で凍死してしまうわ」
防寒対策と強い日射を防ぐ厚い皮のローブを纏っているものの、予想はしていたが、やはり砂漠の冷風には堪えるものがある。
自然とその足も遅れていく。
「文句を言うな。キビキビ歩け」
先頭を歩くエンカが言う。
砂漠の盗賊である彼女はこの地帯の環境を熟知し適応しており、まるで堪える様子がない。
「日が出てからでは気温が上昇し、砂漠の魔物たちの活動が始まる。徒歩で向かう以上、下手に体力を消耗させるのは避けたい。
魔物たちの活動が鈍い、日が昇り切る前に支部まで行こうと説明しただろう」
「……あたしは夜型の人間なのよ」
マスターはぶつぶつと文句を言いながら、それでも足を止めなかった。
「根性がないのか、あるのか」
「いや、あれは半分眠っているな。先ほど、マスターから小さな寝息が聞こえてきた。今のも、もしかしたら、寝言かもしれん」
「……器用な奴だね」
呆れながらエンカは呟く。
「……おい、ソーダ」
「どうしたのだ、エンカ?」
「やっぱり、これ外してくれないか? 少し、いやかなり恥ずかしいのだが」
「うむ。断る」
気まずそうにお願いるするエンカに、俺は笑顔で否と答える。
「……盗賊として悪事を繰り返した私だ。今更慈悲を乞おうなど考えぬが、この恰好は余りにも屈辱的だ」
魔石の欠片の反応を頼りに歩かなければならないため、彼女の両の手を縛る縄がない。
なので、腰に縛っている。気休め程度だが、急な裏切りであれば防ぐことができるだろう。
俺はカモ猟をする漁師のような気分だ。
「中々似合っているではないか。
それに、野蛮な盗賊の扱い方にしては、まだ心ある方だと俺は思うのだが。うん、違うか?」
「その通りだが……。っく、せめて、支部に入る前には解かせてくれ。仲間たちに見られたら情けなくて死んでしまう」
……不自然さを感じていたが、今の言葉で決定的だな。
「貴様は本当に盗賊か?」
「どういう意味だい?」
「貴様の喋り方には高い教養性が見られる。盗賊にも生きるための知識が必要だが、貴様のそれは礼節に近い」
まさに、騎士を憧れる貴族令嬢のような。
「そうか。だが、それはお前の感受性によるものだろう? 異なる世界へと召喚された人間がその世界の常識を知らないだけとも言える。
この世界の人々は同じ世界を共有しているが、他世界人は世界を俯瞰している。私にはそう映るね」
蔑んだ眼でこちらを見る。
言葉では非難しているが、実質は煙に巻くか、それとも挑発をして出方を伺っているのか。
どちらにしても、この少女が仲間の盗賊からリーダーと呼ばれる所以が垣間見えた。
「なるほど、上手いことを言う。確かに、貴様の言うことは理にかなっている。
だが、俺の疑惑は増々上昇したぞ。盗賊らしく何か上手い言い訳でもしてみたらどうだ?」
「…………」
蔑みからギラリと凝視へと変わる。
高度な数式を描きつつも何も悟らせぬその目は、さながら騎士ならぬ棋士のものに近い。
「…………」
縄で繋がれ行動が阻害されているはずのエンカ。
だが、彼女から漂う空気は純粋なる強者のものではなく、混濁ある深みから覗かせる特質的な沼の印象を与える。
「秘密にする。全てを明かしたら次に話す種がなくなるから」
長考の末、彼女は黙秘を取った。
「そうか。では、楽しみにしておくことにしよう。俺たちはまだまだこの世界のこと知らぬからな。貴様から得られる情報はかなり重要だ」
「期待しているといいさね。お前たちに最初にあった記念すべき異世界人として手抜きなしの歓迎をしてやるさ」
盗賊らしい言葉を言い放ち、再び先頭を歩き始める。
もしかしたら魔法でも科学でもない、俺の知らぬ未知の力が存在しているかもしれん。
そう思わせるには充分な語り口だった。
「ふぐう」
背中に軽い衝撃を感じる。後方にいたマスターが追いついたようだ。
「うむ、どうやら長話が過ぎたようだ」
「……ソーダ。イチャイチャしないで歩けば?」
「全くだ」
恐らく不機嫌な顔をしているマスターの言葉に同意を示す。
眠っている人の寝言に返事をすると、その人は眠りから帰ってこれず冥界に連れて行かれるという唄話があったが、与太話だったようだ。
「ソーダ。あんたはあたしと長い間、冒険してきたと思っているかもしれないけど、あたしは会って三日しか付き合っていないと思っているわ。戯言を思っていいから、その上で聞いてちょうだい」
俺の隣で歩き、エンカを見ながら言う。
「あんたは頭が良いかもしれないけど、深読みし過ぎることがあるわ」
「それはエンカについてか、我がマスターよ」
「そうよ。彼女に不自然なところがあるかもしれないけど、大したことではないと思うわ」
「なぜ、そう思うのだ?」
「女の勘よ」
マスターは得意げに断言した。
……男の俺には判らない回答だが。
「俺はマスターのことを女としてカウントしていない」
「何てことをいうのよ、あんた! 乙女に向かって、乙女に向かって!」
「ポコポコ殴るなら、もっとマトモなことを言わぬか。大体、NPCであった俺に直感という不確かなもので納得すると思うたか、バカめ」
「ああ! 今の絶対バカは要らなかったでしょ。天ぷらうどんに天かすを入れるレベルで要らなかったでしょ!
――ったく、すぐにあたしを小ばかにするものだから、話が進まないでしょ。理解できないという気持ちも理由も判るけれど、女の勘というものは結構的中率高いのよ」
嬉しそうに語り始めるマスター。
苔が生えても女子高生、こういう手の話は好物のようだ。
「いいじゃない、証明してあげるわ。
――ふむふむ、ハハン、成程ね。ソーダ、あたしの女の勘が囁いているわ。
あんたは、あたしに、呆れているとね!!」
「見れば判るだろう。見れば」
この顔が呆れていなくてなんだと言うのだ?
「……友達がおらず人ともネット上でしか会話したことのないあたしにしては上出来じゃない。あたしですらこのレベル、シャバではこの上を行くわ」
「自分で言って虚しくならぬか?」
「全然! むしろ己の孤高感に酔いしれているわ」
それは孤高ではない、孤独だ。
そう告げるのは簡単だが、泣くのでやめた。
「話を戻すけど、実際エンカが何かを隠していたとして、しょうもないことだったらどうするの?」
「しょうもないこと、だと?」
「そう。例えば、盗賊であることよりもお姫様や騎士に憧れていた頃があって、そのときに真似した口調が残っているとか。
本人にとっても恥ずかしい思い出だし、妙なニュアンスで誤魔化すのも当然だと思うけど」
「うむ。そのような捉え方もあるか」
人とは自らの汚点を隠したがる生き物である生き物であることは、
マスターの仮説が正しければ、俺がどれだけ疑いかかっても全て無駄骨に終わるということか。
「UUOで生きてきたが故の問題ね。あんたは、あることなすこと全てにバックボーンが存在していると思っている。
UUOのクエストではミステリー紛いの意味深なものや神話や叙事詩をモチーフにしたものが多かったからかもしれないけど、この異世界もあたしの現実もあんたの世界をみたいに1と0で構築されているわけじゃないの。
どうでもいいことや拍子抜けすること、どんでん返しの大番狂わせの大逆転の繰り返しが当たり前の世界よ」
それで良く世界が回っているな。
辛辣鬼畜という代名詞のUUOを超えるスペクタクルではないか。
俺が訴える言葉を事前に判っていたのか、マスターは俺の前で仁王立ちし、映画のラストシーンよろしく断言した。
「それが世界よ!!」
当然、前に進めないものだから、腰に巻き付けた縄に引っ張られる形でエンカが仰向けに転んだ。
「……広い世界さねー」
のどやかなエンカの声が空気に澄み渡るように聞こえた。
そのときのエンカの表情は見えなかったが、マスターは訳知り顔で頷いていた。
閑話~リリィ=ベルは?~
姫路ナキ「そういえば、ベルちゃんは?」
ソーダ「ダンジョンで待機中だ。展開していなくともダンジョンで居る分には支障が出ぬし、俺たちの移動に付き合い体力を消費せずに済む。パーティーに体調を崩す者が現れてもすぐにバトンタッチができるというわけだ」
姫路ナキ「うわ、超便利! さすが、あたしといったところね♪ ねえ、次あたしに休憩させて」
ソーダ「それは無理な話だ。ダンジョンを展開・収納するダンジョンマスターが移動しなくては誰が移動うするというのだ? そう、貴様しかいない!」
姫路ナキ「あたしだけ休めない、なんて理不尽な! ソーダが代わりにダンジョンマスターをやってよ~」
ソーダ「現パーティーの貴様のポジションがなくなるが、それでもいいのか?」
姫路ナキ「……もう少し頑張ります」
ソーダ「(パーティーの攻撃ポジションを奪われ脱退したトラウマがここで生きてるな)
エンカ「(……疲れたらオンブしてあげよう)」