08 星は彼の元に降りる。
前話との辻褄が合わないところがあり、再編集しました。
かなり混乱を招くこととなって申し訳ございません。
宜しくお願いします。
クウラバという砂漠の小国には別の名前がある。
かつて敗戦した貴族が逃走の末辿り着いた現地集落を襲い、奴隷にして国を作らせたという蛮行による建国。自国の領地と言い張るも、その広大すぎる国土と多種多様な魔物と有害植物が魑魅魍魎とする厳しい自然環境を御しきれない低能振り。
この二つの汚点から『ミエハリ(見栄ばかりを張り、その実質国力が乏しい)』と蔑称されてきた。
自国の在り方に疑問や怒りから国を変えようとした王もいたが、判ることはこの大自然に国というシステムは必要ないということだった。
一つの国として建立するのではなく、少数の民族として集落を形成するほうが民草が幸せになれると判りながらも、国という体裁を守るため、何より自らの手で王位を捨てることができなかった。
かつて、戦争で全てを失った先祖と同じ道を歩みたくなかった。王であること、貴族であること、そして民たちの上に立つ生活を失いことを拒絶した。
だが、彼らの偽りの栄華にも陰りが出てきた。
国を建国し運営するため、現地民から奪いあげたオアシスや地下水脈により水源を確保しているのだが、地下水脈に限界が近づいてきたのだ。文字通り湯水のように扱ってきた王や貴族たちはいつしか地下水脈の水源は無限であると勘違いをしていた。
無限ではなかった。クウラバ小国が建国するまで偶に訪れる雨から貯蔵したこれまでの巨大な水源が、長年の過剰なる浪費により、ついに地下水脈の底を着き始めたのだ。
それだけならば、まだ余裕はあった。地下水脈の残水量から計算される時間は実に100年。新たな地下水脈を掘り起こし、国を再建国することが可能だった。
しかし、ある悪魔の魔法により一変した。
恵みある大自然を一夜にして砂漠へと変えたのだ。
災いは畳み掛けるように人々に災を与えるとはよく言ったもの。
クウラバ小国が管理する大小様々なオワシスのほとんどがこの魔法により消失し、オワシスを中心に形成された集落の民草全てが王国へ助けを求めた。
王は考えた。魑魅魍魎となる危険生命体のほとんどがこの魔法により消滅したのが、せめてもの救いだったが、生き残った魔物がいつ水を求めて国を攻めるか判らない。
ここままでは国どころか、限りある水源を巡り内戦が起こる。また、奴隷狩りの際に逃げ延びた現地民の子孫たちが盗賊紛いのことをしているという噂も聞く。
彼らも隠れて確保していたであろう水源を失い、時が過ぎれば自滅していくだろうと予測していたが、その勢いはむしろ増していった。
この窮地に己だけでも生き残ろうと大きな動き、隙を見せた貴族の何人かは既に盗賊の魔の手に墜ちた。
恐らく、彼らにもクウラバ小国のように大きな地下水脈を保持しているのだ、王がその考えに行き着くのは当然だった。
そして、この窮地を利用し復讐しようとしていると王が結論づけたのも無理ないことだった。
悪魔の魔法による水不足、過去の怨念による復讐。
もはや自国ではどうしようもない。このままで『革命』されれば第二の愚王として、蛮族として歴史に名を刻まれてしまう。
それだけはなんとしても避けなばならない。
王は最後の策として属国に堕ちることを選んだ。悩みに悩んだ決断だったが、己の代で国を亡ぼすことだけは看過できない。これまで侮蔑し唾を吐いた蛮族に堕ちることだけは許しがたい。
属国になれど、救済を求め国を延命させた賢王として名を残す。
◇ ◇ ◇
決断をし、一か月後。彼らがクウラバ城へ着いた。
「よくぞ来てくれたな、騎士団の諸君。心から歓迎しよう」
遠方から訪れた騎士団を迎え入れたクウラバの王は心にもない言葉を言い、彼らを歓待しようとした。もちろん、今後の印象を良くするための媚でしかない。
出来るならば騎士の何人かがクウラバ(こちら)に取り入り、互いに甘い蜜を吸う関係の構築を狙っていたが、一人の騎士が歓待を遮り王と一対一の会談を申し込んだ。
王はこれを了承し、宰相や近衛兵を外し、密約や他国に知られてはならない要人と話す際に使われる陰籠の間にて騎士の一人を密会を行った。
貴族の金の使い癖が妙実に語る部屋にて、他に聞く人がいないことを確認した騎士は、憮然として言った。
「クウラバの王よ。私がこれまで見た王のなかでも貴方ほど浅ましき王はいなかった」
騎士の瞳は正義を映していた。
ただ一人、紅い星と、とある一神の信仰を意味する六芒星の紋様を付けた騎士は、王に対して非礼な物言いを続ける。それは騎士とし礼儀を削ぐ有るまじき行いであったが、王は咎めず沈黙のまま騎士の言葉に耳を傾けた。
騎士には侮蔑を吐くことが許されるだけの権威あった。
「敗戦という劣等感から不要であるはずの国を創り、名ばかりの王となった初代王様の自己顕示欲は醜悪としか言い得ない。
我らに救済を求めるのも、自らの名前が蛮族として刻まれるのが嫌うだけだろう。
見え透いているぞ」
騎士の穢れを嫌う言葉に、王は笑った。
こちらの思惑が見破られて、一介の騎士に罵倒の言葉を浴びても、暖簾に腕押し。
何を言われようとも、王であり王であるが故に、その不遜な態度は崩れない。
砂漠の砂のように渇いた声がエラクに暗く、遠のくように響いた。
「今更だな、騎士殿よ。我が国が何と言われているのか、知らぬ貴君ではないはずだ」
「開き直るのか。さすがは小国とはいえ王と騙る男だ。肝が据わっている」
「当然だ、私は一国の王なのだから」
王は笑みを浮かべ、自尊心のある顔を騎士に向ける。
「貴様ら聖鐘教会にとってもメリットがある。なにせ、背教者の裁きの場として提供するには、この砂漠ほど相応しいものはない」
王の言葉に騎士は何も言い返さない。図星を指して何も言えないのだと察した王は、心にもない言葉を綴り吐く。
「何より、救済を求めるものに手を差し伸べぬのは教会の教えに背くことになるだろう。
悪魔の魔法により恵みある自然が消え、傷跡を描くように砂漠が具現した。
このままでは守るべき民草を飢餓させてしまうのだ」
「なるほどな」
欲が見え隠れする王の言葉に全てを悟った騎士は冷たく言った。
「貴様の考えは判った。罪のない民草に地獄を見せるわけにはいかない。
騎士としてこの国を救うことを約束しよう」
「さすが、騎士殿。助かります」
形式だけの感謝の意を示す。
(今は頭を下げよう。協定さえ結べば、おのずと騎士に取り入るの機会が出来る。
それこそ、上位貴族の娘や顔立ちの良い女を妾として提供すれば我が国に幾分かの助力を乞うことができる。娼婦に金を払い騎士の子を孕ませれば、その才を受け継ぐ子をクウラバの戦士として育てることもできる。
若い騎士よ、せいぜい私を愚弄し軽蔑するがいい。これも一つの戦い方だ)
王の考えは間違いではない。
女が権力や格の高い名家に嫁ぐのは貴族社会ではよくあることだ。ましてや、これからクウラバは属国となる。国の窮地を回避する保険はいくらあっても足りないほどだ。
騎士も王の考えを悟り、そして認めた。
生きるためにより強い者に巻かれるのは、仕方がないことだ。むしろ、何も手を打たないことが生への侮辱であると騎士は考える。
その点のみを騎士は認めたのだ。
――――だからといって、罪が消えるわけではない。
「では、手始めに砂漠の盗賊たちを刈るというのはどうだろうか?
彼らは浅ましきことに水源を隠蔽し独占している可能性があり、そのうえ、この非常事態に対応しようと懸命に動く貴族の何人かは彼らに襲撃されている。
このままでは、例え水不足の問題が解決されたとしても、国として維持できず民草は住むべき土地を失ってしまう」
もっとも、襲撃された貴族たちは亡命しようと企てた者たちがほとんどであり、消えたところで王は痛くもなかった。
せいぜい、盗賊狩りする良い大義名分ができたものだと思ってた。
「誇り高き聖鐘の騎士よ。クウラバの王として、この国を巣食う蛮族どもの討伐を願おう。
褒美は王命の遂行と救国の名誉だ。騎士としてこれ以上の褒美はあるまいて」
饒舌に語る王に騎士は告げる。
騎士として、最大限の活躍の場を提供した。その恩を返すのが、騎士の習わしであり流儀であり、至上とする名誉が手に入ると。
王は、騎士としてこれ以上ない名誉が手に入ることが約束された喜びに身を震わせているであろう騎士の顔を見る。
その目には、
「否。その前にやるべきことがある」
鋭い光灯す眼があった。
なにを? 王はそう呟こうとした。
シャリン――――甲高い金属音が響き、その音に王は不思議そうに騎士を見つめた。
碧眼の騎士が剣を鞘に納める――――それが王の最後の景色だった。
「自国で民を救わず、他国に救いを求めず、体裁を守るために四年もの月日を民草の肉を喰らい卑しくも生き延び、それでも身の程を省みず傲慢にも王と名乗る、悪食の魔物の討伐だ」」
王の首が落ち、赤い飛沫が美しい金細工で彩られたエラクを汚す。自らにもかかった汚れを拭い、騎士は最後に告げた。
「喜べ。貴様の堕落は信仰の土となるのだ」
全てを見据えていたかのように語る騎士の言葉は、ハリボテの王に届くことはなかった。
後日、聖鐘教会派遣の第二、第三騎士団がクウラバに着いた。
◇ ◇ ◇
輝きを絶やさない太陽の強い日射も、上空荒れる砂風に遮られ、砂漠とは思えない涼やかな地帯に大所帯の集落があった。旅人が見れば複合した集落は町となり、軍人が見れば戦う力を求めた自然の要塞となるだろう。
「ボス、返ってこねえなー」
砂漠を活動範囲をとする盗賊団のアジトにて、見張りをする男盗賊がぼやいた。
「ああ、もしかして帰ってこねーのかなー」
男は我ながら不吉なことを言うものだと思っていたが、それが当たるとは微塵も思っていない。癖のように口から零れる言葉だった。
「いや、大丈夫だろう」
聞こえたのだろう。見張りをする盗賊の後ろから、皺の多い盗賊がキセルを吹かしながら返事する。
「トベレケさん」
「マスターを呼ばれた女子も少々奇天烈な性格だが、根は優しい。ソーダと呼ばれた坊主もそうじゃ。ワシら8人が生きて戻ってこれたのがその証拠じゃ」
「まだ、大丈夫か判らないですよ。特に、ソーダという男。実力とかそういうもんじゃなく、根本的に何か違う感じがする」
盗賊としての直感が告げていたのか、己の第六感を踏まえた男の言葉にトベレケは「うん?」と疑問を挙げる。
「何を言っとるのか。お前も大丈夫だと思ったから、エンカを置いて逃げてきたのだろう」
「いや、俺は先輩方に乗っただけですよ。そりゃあ、エンカ様も大切ですけど、生き延びられるのならそっちを選びますよ」」
「はあ~。お前の根性なしにはため息が出るわ」
トベレケは頭を痛そうに抑えて言う。
これから盗賊団を支えるであろう若者のこの姿に、本当に後を託してもいいのか、不安で仕方がない気持ちだ。
「いくら盗賊でも自分の命だけは盗られないようにしなくちゃ」
「口だけは一丁前に達者じゃな」
男の軽い態度に熟年の盗賊であるトベレケも今回ばかりは強く言えなかった。なにせ、カモだと思った二人の旅人に襲撃し、見事返り討ちにあったのだから。
何より印象深かった、青色と黄色の爆発で吹き飛ばされた光景を思い出す。あの光景は生涯忘れられないだろう、彼ら8人は例外なく確信していた。
「しかし、トベレケさん。よく死ななかったっすね。俺はてっきりポックリ言ったもんだと思っていましたよ」
「ワシかて、女子とはいえ返り討ちに合わされた敵に鼻を伸ばすなぞ思わなかったぞ」
正気を疑うような、ジト目で睨むトベレケに男は弁解をする。
「いや、あれはかなりグッとくるものがありますよ。なんていうんですかね、砂漠にあのピンク色の寝間着ってのがいかにも怪しさ満点なんですけど、その異質感がたまらなくて」
新しい興奮を覚えたのか、男は感銘を受けたかのようにトベレケに語るも、その魅力を判るほど彼は若くなかった。
「だったらワシが紹介してやるぞ。ちょうど昨日散策して女型の魔物を見つけたんじゃ」
「人間の女に決まってんだろ!」
唾を吐きながら怒号する男に、トベレケは布で顔を拭く。
「お前さんにピッタリだと思ったんだが」
「誰もそこまで求めてねえよ、異質というか異形じゃねえか!」
「ええい、唾を飛ばすな。さっきから顔に当たっとるわ」
「だったら、その生意気な口を閉じやがれ!」
見当違いなことばかり言うトベレケに切れた男は憤慨して座り込む。トベレケも少しヤンチャし過ぎたかと思いながらも、口では笑いながらアジトへ戻ろうとする。
そのとき、砂が舞う砂漠の向こうに人影らしきものがうっすらと目に入ってきた。最初は警戒の目で見ていたが、どこが見たことがあるシルエットを手掛かりに人影の正体を喚起する。
「うん? あれニーニックじゃねえか?」
「うぬ、ニーニックじゃと? あいつは今は28支部に言っているはずだが、やけに早いお戻りだな」
盗賊団には活動部隊、偵察部隊とは別に水源調査部隊が存在する。砂漠に眠る水源がどこに眠っているのか、また新たな地下水脈が生まれているのかなどを調査する部隊である。
古くは神々を信仰する祭事を行う際に必要となった部隊であるが、現在は限界を迎えた地下水脈を居住区として創り上げ、各地に散らばる盗賊団の支部として利用している。
ニーニックは盗賊団のアジトから3テルと8ヤーマ(1テル=10.4キロメートル1ヤーマ=1.4キロメートル)離れた28支部に赴いていたはずだった。
二人は走ってきたであろうニーニックに労いの言葉をかけ、水筒を渡す。汗まみれのニーニックは失った水分を美味しそうに補給し、やっと口を開いた。
昨夜の誰かの願いが星に届いたのか、世界は動き出そうとしていた。
勝者でも名誉でも富でもなく、ただ刺激という名の愉悦と混濁を求めて――――彼の願いは叶う。
再び寒気の到来。
今冬で一番積雪したなーと感じました。
木曜日まで続くようですが、怪しいものです。